魏延伝

1章  夜魔


その日、その火。


私はきっと死ぬ。

そう思った。


山賊の夜襲。火の海。私は炎に囲まれ、恐怖に震えることしか出来ない。

怖い。死にたくない。

熱で頭がくらくらする。

視界はぎらぎらとし、周囲は全て歪んで見える。

外からは山賊の怒号、戦う男の声、女の叫び、子供の泣き声。


どうでもいい。


助けて。


炎の奥から一つの人影が見えた。

その影はあまりにもいびつで、禍禍しく。

助けには見えない。

しかし、逃げる事もままならない。体自体が言う事を聞かない。考える事すらおぼつかなかった。


アクマ。


頭の中が白で満たされていく。

私は、その場でふっと気を失ってしまった。




ドカッ、ドカッ、ドカッ。


心地よいリズムが私を襲う。

私・・どうなったのだろう・・・よく判らない。

「う・・ん・・・・」

何とか、目を開ける。

何かが物凄い勢いで目の前を流れていく。

あぁ・・。そうか。此処は馬の上。馬に乗る誰かの腕の中。流れる地面。


何とか首を起こす。

この人は・・・誰だろうか?

暗くてよく見えない。ただ、あまりにも不気味な鎧が目に入った。


(私、さらわれてるのか知ら・・・。もう、だめなのね・・・)


死ぬのが少し先になっただけだ。どうせすぐに殺される。


死?


いやだ・・・。私は死を正面から受け入れられるほど「出来た女」ではない。

少しずつ正気を取り戻す。

「・・い・・・ゃ・・・」

うまく声が出ない。

怖い。

涙が止まらなかった。

お願い・・助けて・・・

「いや・・はな・・し・・て・・」

自分の「生きたい」という希望を口に出し、体を動かす。


「動・・クナ・・・上手ク・・走レ・・ヌ・・」


唸るような声で男が言う。

不気味な声。

恐怖をあおる声。

少し、苦しそうな声。


私は今、この男の左腕に抱えられているのだが、ふと、腹部に違和感を覚えた。首を下げると私を抱えているその男の腕が見える。

篭手を外した筋肉質の腕。


「ひっ・・」

思わず声が漏れる。


赤。


その腕は血に染まっている。

腹部に感じた違和感は、どろりとした血液の感触だった。

二の腕を斬られているのか、大量の血がドクドクと流れている。


おかしい。

このような苦痛に耐えてまで、私のような女をさらう必要があるだろうか?

それに、皮膚の焼けるにおいがする。恐らく、この男はひどい火傷も負っているのだろう。


「今ハ・・眠レ・・・」


男の声を聞き、私はまた意識が遠のいていった。

つづく。







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