周倉伝



1−忘れた事。

「カシラ!」
春の陽気に晒され、ウトウトしていた。ここしばらくは何も無い日々が続いていた。今日もまた風の音に耳をすましていた所だった。
「あ?なんだぁ?」
突然の濁声で現実に引き戻され、周倉は少々鬱陶しそうに男の方を振り返った。
「へへっ。今日は非番でしてね。たまにはカシラと一杯やろうかなって」
そう言いながら白い歯を見せる男。小さめの酒樽を両手に抱えている。
「ったくよぉ。俺は今や『将』だぞ?『カシラ』はやめろって言ってるだろうが」
周倉は声を上げて笑った。

周倉もこの男も、元は黄巾賊から転じた山賊である。

黄巾族が幅を利かせていた頃、僅か数十人で功績を挙げている者たちが居た。周倉は彼らを遠目から見ていた。遠目からでも、彼らのずば抜けた統率力が見て取れる。統率者らしき一人の男・・・劉備玄徳は集団の中心にて、何かあると一人飛び出す。本来、上に立つ物が軽々しく前に出るべきではないだろうが、彼が前に出ることによって兵たちにも士気がみなぎり、素晴らしい活躍をする。
それは彼らの戦を見ていれば一目瞭然だった。肉食動物から逃れるかのように黄巾賊は恐れをなして逃げていく。
そしてその中に、他を圧倒する虎の如き者が二人居た。
一人は敵陣の中に突っ込んでいくと恐ろしいまでの雄叫びを上げながら土を赤に染めていく。逃げ出す敵をも追いかけ、一瞬でその身体を真っ二つにしていった。
張飛翼徳。見ているだけで痛快な男だった。
そしてもう一人。張飛のように荒々しくは無いが、近付く敵兵の首を竜巻のように巻き上げながら威風堂々と戦う者。関羽雲長である。

周倉はしばしば敵であるはずの関羽の戦いに見入った。
あまりにも立派な髭をくゆらし、巨大な偃月刀を軽々と振り回している。背中に眼があるかのごとく、どこにも隙は無い。群がる敵兵を静かに、確実に、一撃で蹴散らす。
その姿はあまりにも美しく見えた。いつか、関羽の片腕となって働きたい。そう思った。

黄巾党が敗れ、行き場を失った周倉は僅かな部下と共に臥牛山で山賊生活をはじめた。
あまり目立ったことはしないように勤めた。手配書など回ってしまっては関羽の下につくことなど到底できなくなる。とはいえ、元黄巾賊の自分に何が出来るか、何をすべきか判らずに虚しい日々を送っていた。

機会は突然訪れた。
部下の一人が息巻いている。
「カッ・・カシラっ!」
「何だ?どうした?」
「はっ・・・ああっ・・あのっ!」
急いで駆けつけたせいか、舌が回っていない。
「どうした。良いから落ち着け」
「関羽様です。関羽様がこの山を通るようです!」
周倉はパッと立ち上がった。部下の者もすぐさま走り出し、周倉はそれについて行った。
見えた。
僅かな従者と馬車を従え、凛としている。
駆けつけると、すぐさまひざまずき、乞いた。
どうやら悪く思われてはいないようだった。ただ、山賊を簡単に連れ帰るわけにはいかない様で、今しばらくは待つように言われた。
何の文句も無い。周倉は喜んで甘んじ、その時を待った。

その時も、思いのほか早くやってきた。
ただ、部下達全員を連れて行くわけにはいかなかった。数名だけは許されたが他はどうにもならなかった。
信頼できる一人に統率を任せる事にした。彼らもまた周倉が関羽のもとにいくことを喜んだ。
なんと恵まれているのか。そう思った。自分は憧れの男の元へいける。部下達も喜んでそれを見送ってくれる。
彼らはいつか真っ当な暮らしができるように努力することを約束した。
後ろめたさが無かったわけではない。それでも、受け入れた。


そうして、今は関羽の元に居る。
しかし、最近は戦も無く、退屈だった。平和なのは良いのだが、じっとしていると山に置いてきた仲間のことが気になる。元気にやっているだろうか?まだ山賊をやっているのかどうか?
考えても仕方の無い事だと解っている。極力、考えないようにもしてきた。やつらもそんなことは望んでいないだろう。

本当か?
それは俺の独り善がりではないのか?

考えるのが嫌だった。頭痛と吐き気が止まらなくなる。
誰かに考えるという行為を禁じられているような気持ちにさえなった。

考えるのはやめた。ただ、望むことにした。

今、目の前で屈託無く笑う男。他の仲間達も彼のようであって欲しいと思う。
「カシラ、飲みましょうぜ」
そう言って酒樽に杯を突っ込み、豪快に飲み干した。
「ぷっはぁぁ〜〜。こりゃうめぇや」
満足げに空を見上げる。何ともすがすがしい顔をしている。
周倉も同じようにして飲んだ。
喉を鳴らした。旨い。
「お前、この酒どっかから掻っ攫ったんじゃねぇだろうな?」
「違ぇますよ!兵士の中に酒屋の息子だってのが居ましてね。そいつにちょっと分けてもらったんでさぁ」
顔を真っ赤にしながら男は訴えた。子供っぽい所がある。
手癖は悪かったが、嘘を付く男ではない。
周倉は彼を信頼していた。こちらの命令はよく聞くし、他の者に対する統率力もある。
ガサツではあるが、芯のしっかりした男だ。


ただ、さっきから何かおかしい。

そうだ・・・

これは・・どういう事だ?・・・。なにが?

大きな疑問が湧いた。・・・。疑問?

疑問って何だ?

不思議な感じがした。

それは余りにも強く、大きく、全身にのしかかる。

汗をかいた。

脅迫めいている。

心臓が高鳴った。

何故か、怖かった。前身を恐怖が支配した。だが、意味は解らなかった。

その言葉が口をついて出た。

意識は無かった。

勝手に動いた。

多分。

ところで。
ところで。



・・・。


「お前、誰だ?」





続く。





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