周倉伝



2−気付いた事。


「カシラ!」
春の陽気に晒され、ウトウトしていた。ここしばらくは何も無い日々が続いていた。今日もまた風の音に耳をすましていた所だった。
「あ?なんだぁ?」
突然の濁声で現実に引き戻され、周倉は少々鬱陶しそうに男の方を振り返った。
「へへっ。今日は非番でしてね。たまにはカシラと一杯やろうかなって」
そう言いながら白い歯を見せる男。小さめの酒樽を両手に抱えている。
「ったくよぉ。俺は今や『将』だぞ?『カシラ』はやめろって言ってるだろうが」

・・・。
ちょっと待て。

おかしい。
知っている光景。何度も目にした光景。既視感。
どういう事だ?何だこれは?

思い出せ。思い出せ。
正夢でも見たのか?いや、違う。1回や2回ではない。何度も目にした光景。そんな気がする。

男はきょとんとしている。

この後、何が起こる?
飽きるほど見ているはずだ。それは解る。だが、記憶が曖昧すぎる。
記憶って何だ?
頭の中に蓄積された情報。何処から来て、何処へ行く?俺の記憶は正しいか?
よく考えろ。
このあと起こることは未来だ。以前見た光景は過去だ。過去は記憶になり、未来へと繋がる。
今必要なのは未来の記憶。どういうことだ?

記憶。
記憶。

俺の頭にある記憶って何だ?
遠い日の思い出。
思い出?
何だそれは?何も思い出せない。俺の記憶はその程度か?何も無いのか?

漠然とした断片。
知っているはずだ。
何故、俺はこの光景を何度も見ている?

違う。

思い出すんじゃない・・・知らないんだ。判らないんだ。記憶などあるはずも無い。
そうだ・・答えは目の前にあった。

目の前の男。そうだ。俺はこの男を知らない。誰だ?名前も知らない。過去も知らない。

そうだ。
そうだ。

そして俺は問い掛けるのだ。

「お前、誰だ?」と。

その瞬間、世界は終わる。そして、また始まる。繰り返し。繰り返し。

何故だ?

どういうことだ?

俺はこのまま同じ世界を永遠に繰り返すのか?何だ?どうなっている?何故、それを俺は覚えている?知っている?

落ち着け。考えろ。この男は誰だ?

俺の部下だ。山賊時代からの。本当か?
名前は?
顔は?
本当に男か?
それは人間か?

全てが不特定だ。目を瞑ると何も思い出せない。真っ白。または真っ黒。

おかしい事がもう一つあるな。
さっきから黙りこくっている俺に対し、この男は無反応だ。何故話し掛けてこない?

・・・。

汗をかいていることに気付いた。俺は何を焦っている?
酒を飲んでいる男を凝視した。

・・・。

時が、止まった。

風はやみ、空の鳥はその場で静止する。男は盃を持ったまま固まる。
だが、不思議に思わなかった。そんな自分の方が不思議だった。

一つだけ気付いた。
何故、気付かなかったのか。男の顔を見なかったのか。見えていなかったのか。

男の顔には目も、鼻も、口も無いではないか。つるんとした物体だ。
こんな物、知っているわけが無いではないか。何だこれは。
どうやって喋ったり酒を飲んだりしてたのだ?それはどうでも良い事か?
全く意味がわからない。妙に落ち着いているのも意味がわからない。落ち着いてるのか?それすらも判らない。判った振りをしているだけだ。

頭がぼうっとしている。ふわふわした感じ。気持ち悪い。

周倉は何気なく鼻の頭を掻いた。

が、予測した位置に鼻は存在していなかった。

???

ああ。そう云えば俺・・・どんな顔だっけ?
思い出せない。
盃の酒が光を反射し、周倉の顔を映し出している。そこに見えたのは目の前の男と同じだった。

俺にも顔が無いぞ。目が無いのに見えてるのって何だろう?
顔が無い事に疑問を持てよ。どうでも良い事なのか?誰に問うている?

この世界は何だろう?
これが現実か?
これは事実か?
これは真実だ。

一瞬、頭の中が真っ白になった。悟りとか、達観と言うやつだろうか。だが、何かを理解できたわけではない。
意識が飛んだかのようだった。よくは判らないが、心地良かった。

張勃?韋昭?魚豢?習鑿歯?裴松之?陳寿?
知らない名が次々と頭に浮かぶ。どれもピンと来ない。聞いた事もない名だ。何処から沸いてきたのか。

羅貫中。

強烈に印象に残った。誰だ?何者だ?何をした人物だ?

羅貫中。
羅貫中。

俺を作った者。この世界を作った者。俺にとっての神。そうか。そうなのだ。作られた世界。簡単な事だ。
俺は羅貫中の作り出した、存在しない者。
唐突に理解した。

だが。

今ここにいる俺は何だ?俺は確かにここに存在しているではないか。
羅貫中。神?違う。
ただ、文章に起こしただけだ。だとしたら俺は何だ?

混乱。

どういう事だ?何をした?何をしなかった?
「羅貫中。羅貫中。羅貫中!羅貫中!!!!!!」
大声をあげた。
目の前の男は微動だにしない。

その男を見ることが出来る。
声をあげることが出来る。

本当に見えているのか?
本当に声は出ているか?
それは自分に聞こえているのか?俺はどんな声をしている?

全く自信がない。

もう一度顔に手をやる。のっぺりと、何の起伏も無い。
目が在ったであろう所を手で覆ってみた。暗闇を期待した。

見える。当たり前のように光を感じつづけた。

本当に顔が無いのか?
本当に顔を触ったか?
俺に手はあるのか?

手を見た。
見えなかった。

顔を触ってみた。
感触はある。

「ふざけやがって・・・。予期していなかったのか?出来なかったのか?」

かつて「空」と呼ばれていたものを見上げた。
かつて「空」と呼んでいたものを見上げた。

青い空が広がっている。

本当にそれは青か?

よく見たら違うような気もする。赤のような気もすれば緑にも見える。

「そういう事だよな?見てるんだろう?そこで」

周倉は独り呟いた。

「納得いかねぇよ。俺をそっちに連れて行け」

不敵に笑って見せた。そうしたつもりだった。

全てが白で包まれた。





続く。





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