お髭にまつわるエトセトラ

第0話


あれは16歳の頃だった。

「こ、こわいよ・・張飛ぃ・・」
「だ、大丈夫だ。ここでじっとしてればいいんだ」

仲の良かった男の怒号が聞こえた。
その妻の悲鳴が聞こえた。
醜い笑い声が聞こえた。

「畜生っ・・あいつらっ」
張飛は毒づいたが、どうすることも出来ない。賊たちは食料と女を収穫し、手向かう者を次々に殺して回った。手向かわない者も殺して回った。ただでさえ、小さな村だ。もう数刻もしないうちに人の営みの面影は消えるのだろう。

「泣くなっ、関羽!しっかりしろ!」
「だって、だってぇ・・」
関羽は情けない声で張飛にすがりついた。張飛とて、今にも失神しそうなほどの恐怖感が全身を支配している。平気ではなかった。二人は古びた小屋の隅でガタガタ震えながら息を潜めている。

誰かが小屋を蹴破った。
「ちっ、何も無さそうだな」
そう言って去ろうとした。
去らなかった。
「おい、待てよ。あそこ、なんか動いてねぇか?」
「ん?ほほう。可愛いネズミちゃんでも隠れているのかな?」

逃げ場はない。
「関羽、ここでおとなしくしてろよ」
張飛は囁くと、立ててあった鍬を持って二人の続の前に飛び出した。
「うああああああああっ!!」
思い切り振り下ろす。手前の賊を狙ったのだが、半歩引いただけで簡単に避けられてしまった。
「何だ、ガキか。殺してやるよ」
賊は手にしていた刀を横に振った。張飛はすぐに鍬から手を放し、飛びのいた。そうせざるを得なかった。
「これでお前は丸腰、と」
「てめぇらなんざ、この張飛様が素手で裁いてやらぁ!」
凄まじい声量。賊は一瞬怯んだが、人数・武器・年齢・体格から言っても張飛はただの子供だと判断した。
「おい、お前。俺たちの仲間にならないか?なかなか見込みあるぜ?」
ただの子供ではあるが、鍛え上げればかなりのつわものとなる。その程度の事は最下級の賊にもわかった。
「へっ、お断りだ。俺が仕えるのはてめぇらみたいなゲスじゃねぇ!」


関羽よ・・・関羽よ・・・
声が響いた。
何処?張飛は?賊は?ここは何処?
お前は年下の張飛を賊と戦わせ、ガタガタ震えながら死ぬことしか出来ぬのか?
だって、僕、そんなの・・。無理だよ。恐いよ。力もないし。喧嘩なんて出来ないよ。
そうやって言い訳ばかりして、他人を遠ざけ、妬み、無様に死ぬのか?
だって。だって。
強さが欲しいか?
わかんないよ。そんなの。
お前は強い。
弱い。
だが、勇気がない。威厳がない。自尊心がない。
知らないよ。助けてよ。僕を。張飛を。ねぇ。
神の使わした眷族と魔器。

お前には資質があり、さだめがあり、そして意思がある。

上から何か落ちてきた。突如、真っ白な世界が広がった。
黒い大蛇がそこにいた。
「あっ・・あぁ・・」
今にも腰が抜けそうだった。蛇は舌を出し、声を出し、殺気を出しながら関羽をにらんだ。尋常でないギラツキの眼は、今までに見たことのないものだった。
ゆっくりと関羽に近付く蛇。
止まり、頭を上げ、大きな声を上げる。関羽はその場に座りこんでしまい、もう逃げる事も出来なくなった。
「やっ・・たす、助けて・・」
蛇は勢いよく関羽めがけて飛び上がった。とっさに手で払い、蛇は叩きつけられる。しかし平然と関羽をにらんで再度飛び上がった。
「うああぁっ!」
蛇は関羽の顎に噛付いた。必死で蛇を取り払おうと引っ張るが、びくともしない。
蛇は徐々に質感を変えていき、顎と同化していく。
「な、何だよこれ・・・やめて・・助けて!」
関羽は泣き叫んだ。
その大喝は世界を揺るがした。


「ガキ。やっぱおめぇ、俺たちの仲間になれ。こんな所で死んでどうする?」
張飛は傷だらけになりつつ、なおも立ち上がった。すでに敵の姿は見えない。目は晴れ上がっている上に、意識も朦朧として自分の足元すらよく見えない。
「くそっ・・誰が・・っ」
そのとき、耳をつんざく大音量とともに張飛の背後から弾丸が打ち出された。弾丸は賊の一人の首を掴んで小屋の壁へと叩きつけた。木製の壁は脆くも崩れ、賊は向かいの家まで吹き飛んでいった。
残った賊は何が起こったのか判らず、口をあけて呆けている。
「か・・関・・・羽・・??」
関羽は長く美しい髭をひるがえして張飛の前に立った。
「我が名は関羽。戦神になる漢なり!」
村に放たれた炎の光が関羽の背中を強調し、張飛はそこに立っているのが関羽であるという事を忘れた。弱い関羽はそこにはいなかった。口だけの関羽はもう死んだ。

「お・・おのれっ!」
賊は刀をぎゅっと握り締め、関羽へと飛び掛った。上から振り下ろされる刀を関羽は右手で流し、そのまま地へと叩きつける。平衡を失った賊は刀につられて地面へと倒れこむ。
すぐに立ち上がろうとするが、出来ない。刀は関羽の二本の指で抑えられ、びくともしなかった。
「は、放しやがれ・・っ」
少しだけ力を入れると、刀は簡単に割れてしまった。信じられないという面持ちで賊は立ち上がる。武器を失い、混乱も手伝ってか、賊は素手で飛び掛った。
しかし、その目標は関羽の横をかすめた先の張飛にあった。懐から小刀を出し、張飛の首に当てた。
「へへ・・動くんじゃねぇぞ・・・」
関羽はじろりと賊をにらみつけた。16歳のものとは決して思えない眼。しかし賊はそれに怯むわけにはいかない。なんとしても危機を乗り越えねばならないのだ。

「くっくっく・・・」
小さな笑い声は張飛のものだった。そして、堰を切ったかのように大きな声で豪快に笑った。
「すげぇ!すげぇぜ関羽!」
「オ、おいっ!てめぇ!黙らねぇか!」
「よっしゃあ!関羽!いや、兄者!すぐに旅に出るぜ!」
「ガキ、聞いてんのか!黙らねえとぶち殺すぞ!!」
張飛は目を輝かせながら関羽を見上げ、ついでに賊の顔面を片手で締め上げた。
「え?」
ギリギリと頭蓋を圧迫され、あっという間に小刀を落とした賊は断末魔の悲鳴を上げる。
「あっ・・がああああああぁぁぁぁっっっっ!!」
「さっきからうるせぇな。静かにしやがれ」
張飛はそう言うと、掴んでいる手をそのまま一度下へと振り、勢いよく宙へ挙げた。賊は顔面を中心に全身を大きく一回転させる。足が天へ向いた瞬間に既に首の骨は砕け散っていたが、張飛はそのまま賊の顔面を地面に叩きつけた。

関羽と張飛の兄弟はニヤリと笑みを交わした。



つづく

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