宵の明け

上段−神を殺す刀。




それは思っていたよりもすぐに見付かった。浅いせせらぎを遡って来ただけなので迷うことも無かった。水の音、木々の鳴く声は心地良い。時折響く小鳥の声もまた心を癒してくれた。

自分は癒しなど求めてはいけない人間だ。そう思っている。だが、そんな自分のちっぽけな意見など、ここに広がる自然の前では無力だ。
己が犯してきた罪でさえも洗い流してくれるのではないか?
望みにも似た思いが去来した。

小屋には戸らしき物はなく、開け放ったままだった。こんな所で用心する必要も無いのだろう。
覗くとこちらに背を向けて横になっている男が居た。声をかけようとすると男は背を向けたまま片腕を上げ、追い払うように手を動かす。周泰はそれを無視し、ずかずかと中へと入った。少し、寒気がした。

「刀を打って欲しい」

とにかく、強い刀が欲しかった。
腕の良い・・・それも、ずば抜けた腕の刀鍛冶を求めていた。風の噂だけでこの小屋へ辿り着いた。信じ切っていたわけでもないが、それでもこの小屋を発見した。周泰は自分が少々興奮している事に気付いた。

「うるせぇなぁ・・・親方なら居ないよ。帰れ帰れ」
男は面倒臭そうにこちらを見やり、シッシッと手を振った。
「いつ・・戻るのだ」
周泰は食い下がった。
男は素早く体を起こし、座りこんで周泰を見上げた。

若い。『親方』と言ってたことを見ると、恐らく弟子なのだろう。
「あぁ・・・わかんねぇなぁ・・・明日か、明後日か、二月後かねぇ」
ニヤニヤと嫌味な顔をしてみせる。どうしても周泰を追い出したいらしい。
「そうか・・」
せっかく見つけたのだ。簡単に諦めるわけにはいかない。
「ならばここで待たせて貰う」
そう言いながら周泰は男に背を向け、そばの椅子に勝手に腰をおろした。
「なっ・・」
男は一瞬目を見開き、次に軽く息をついた。
「あの・・なぁ・・・その・・親方はもう帰らねぇ。もう、二度と、な」
そう言って項垂れる。

その意味するところはすぐに解った。それがこの場しのぎの嘘でない事も。

「そう云う事だよ。な?」
やっと見つけたモノは一足遅かった。やりきれない思いだった。
「一振りも残って無いのか?」
「ここにあるのは俺が打ったゴミだけだよ。何の役にも立ちゃしねぇ。それでも良いんなら持って行きな」
「そうか・・」
そこら中にゴミのように刀が散乱している。
足元に落ちている一振りを拾い上げ、眺めた。造りは粗い。一人斬れば使い物にならなくなるだろう。いや、その前に一人斬るのも難しそうなくらいだった。
だが、それは凡人の解釈だった。

「おい」
「あぁ?まだ何か用か?」
「もう良い。芝居はやめろ。こんな事をして何になる?俺の目は誤魔化せんぞ」
一瞬、男の肩が浮いた。

散らばっている刀は確かにゴミ同然だったが、それは明らかに故意に失敗したものだった。手にした瞬間、製作者の気が伝わってくる。散らばっている刀達はどれもこれも自己主張が強く、唯のゴミなどでは決して無かった。

「へへ・・あんた、話せるねぇ」
男はニヤリと笑いながら少し焦げた前髪を遊んでいる。
「俺は翔夷。あんたは?」
「周・・幼平だ」
「そっか」
そう言って翔夷はゴロンと仰向けに寝転んだ。

「親方が死んだのは本当だ。俺は親方には遠く及ばないが、それでもそこら辺の鍛冶に負ける気は無ぇ」
中空を見つめながら翔夷は続けた。
「けどよぉ。俺は戦は嫌いだ。俺にとって刀は戦の道具じゃ無ぇ。言わば至高の芸術品よ。わかるか?」
周泰は応えなかった。翔夷も特に期待していた訳では無いようだ。
「あんた、強い刀が欲しいんだろう?」
当たり前だ。その為にわざわざこんな所まで来たのだ。
「それで?その刀手に入れたら、何に使うんだ?」
「守りたい人間が二人居る」
「ふーん。守りたい・・か。聞こえは良いけどな。それも人殺しに繋がる。俺は自分の刀が人の悲鳴に変わるのが辛い」

奇麗事だ。自分が生きるために誰かが犠牲になる。唯それだけの事なのだ。

そうやって生きてきた。
生きるため、どれ程の人間を斬っただろうか。そしてこれから、どれだけの人間を斬るだろうか。想像もつかない。
乱世を言い訳にするつもりなど無い。これからは守りたい人間のため、仇なす者を斬る。単純な事だ。

翔夷はずいっと周泰に顔を寄せた。いつの間に近付いたのか、周泰は全く気付いていなかった。
「お前、兜そんな風に被ってるから分りにくいけど、良い目をしているな」
自分より明らかに若い翔夷に偉そうに言われたが、悪い気はしなかった。

翔夷はすっと立ち上がると神棚に祭っている槍を取ろうとした。
「あぁ・・届かねぇ。ちょっとこれ、取ってくれるか?」
小柄な翔夷は手が届かない。周泰は音も無く神棚に近付いて槍に手を伸ばした。

「・・・!」

手に取るまでも無かった。
心臓が止まるかと思うほどの寒気がした。小屋に入った瞬間の寒気の正体はこれだった。

「どうしたんだ?」
翔夷はまたニヤリとしながら問うた。
「わかるか?こいつの禍禍しさが」
「あぁ・・」

周泰はゆっくりとその槍を掴んだ。禍禍しさとは別の、物理的な違和感が走った。

「何だ・・・?これは・・」
「へへ・・槍か何かと思っただろ?違うんだな、こいつは」
翔夷は周泰の手からそれをひったくると、厳重に巻かれている布を引き剥がし始めた。神棚に祀るほどの物をそんなぞんざいに扱って良いのかとも思ったが、翔夷は気にする素振りも無く封印をといていく。
そこに見えたのは・・・紛れも無く、鞘である。
「これは・・・」
「そ。刀だよ。とびっきりヤバイ、な」
翔夷はすっとそれを差し出した。
「抜いてみな」

刀を受け取り、ゆっくりと抜く。長すぎるので鞘を持ったままでは抜ききれず、鞘を投げるようにして一気に引き抜いた。さやは無愛想な音を立てた。
白銀の刀身は外からの僅かな光を強烈に反射し、きらきらと妖しく輝いている。余りにも美しかった。
だが、それと同時に並々ならぬ凶悪さを秘めている事もわかる。この刀は一体どれだけの血をすすってきたのだろうか。刃毀れも血の跡も無いが、感じるのだ。

「祇戮刀・・・いわゆる、妖刀ってやつだ。誰が造ったのかは知らねぇ。親方が何処で手に入れたのかも、今じゃわからねぇ」

妖刀・・・。いや、これはそんな生易しいものではない。人間がこんなものを造れるのか。ただの直感だったが、まるで異世界の物のようだった。

「こいつを・・そうだな・・・3日で良い。あんたに預ける」
「・・・どう云う事だ?」
「一人も殺さずに戻って来い。そしたらあんたのために刀打ってやるよ。おっと、そいつで誰かを守るなんて言うなよ。人間の手におえるシロモノじゃ無ぇ」
「・・それだけで・・・良いのか?」
「あぁ、簡単だろ?部屋に篭ってりゃ良いだけだ」
「それが何になる?」
「さぁて・・ね。ほら、わかったらそいつ持ってさっさと帰んな。3日後だ。誰も殺さず、あんたも生きてたらな」

意味が解らなかった。この刀の禍禍しさは充分にわかる。だが、それに取り付かれて誰かを殺す・・ましてや自分が死ぬことなど、ありえないだろう。これを持って戦場に出ようものなら、きっと我を忘れて殺戮に走るのだろうが、触れずにそっとしまって置けば良いだけではないか。
鞘から抜くだけでも一苦労なのだ。翔夷が何を試そうとしてるのかは量りかねたが、3日待てば刀が手に入る。それで充分だ。今までかけた時間に比べれば、3日など取るに足らない時間だ。
周泰は慎重に刀を収めた。

「幼平・・・あの・・な・・」
何か言いにくそうに口篭もる翔夷。
「まだ何かあるのか?」
「あ、いや。そうじゃないんだ。その、実は俺・・・ん〜。やっぱ良いや」
少し迷いながら、そう言った。周泰には翔夷が言おうとしている事が判っていたが、何も言い返さなかった。今はそれで良い。
「幼平・・・。きっと戻って来い。きっとだぞ」

翔夷は念を押すようにそう言った。その目は少し哀しげに見えた。



続く





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