心亡き者

華陀の行った治療は適切だった。毒のしみた骨を削り落とすという荒療治ではあったが、それは功を奏した。孫策の受けた傷は明らかに快方へ向っていた。
孫策自信も既に次の戦のことを考えている。官渡で睨み合う曹操と袁紹を出し抜き、江東の地に帝を迎えること。周瑜と孫策は同時にこの妙案を思いついた。
きっと成功する。
誰もがそう思っていた。

朝。
大喬は事態が飲み込めなかった。
そこに孫策の姿は無かった。代わりに一つの人形が横たわっていた。3頭身くらいの可愛らしい人形。
その顔、服装。それは紛れも無く孫策である。
大喬はそっと人形を抱き上げてみた。
その体はあまりに軽く、ぬくもりなど無い。当然だ。人形なのだから。
だが、大喬には分っていた。抱き上げた人形がただの人形ではない事。孫策に似せただけの人形ではない事。

孫策そのものである事。

それは直感だったが、何故か確信していた。
それは愛する夫である。

どうして?
どうしてこんな事に?

人形が孫策である事を直感で理解したところで、何故そうなったのかは検討もつかない。第一、現実離れしすぎている。
今、私は何をするべきだろう?
とにかく、この状況を誤魔化さねばならない。
小覇王、孫策は死んだ。
そういう風にしなければならない。



4日後、孫策の儀式が行われた。当然、死体は無い。
大喬は周瑜に「孫策は死期を悟り、一人旅立った」と伝えてある。周瑜は納得がいってなかったが、それ以上何も追求しなかった。
「孫策死す」の偽報を流し、それを既成事実としてでっち上げた。

その後、周瑜は例の策を諦め、袁紹軍は総崩れとなり、曹操はその名をこの大陸にとどろかせた。


大喬は愛する夫と毎日を過ごした。
何も応えてはくれない孫策。大喬は自分でも幸せなのか、不幸なのか、よくわからなかった。
孫策はそこに居る。紛れも無い事実。
孫策はもう居ない。それもまた事実。
大喬にはどうすることも出来ない。ただ、目の前の人形に愛情を注ぐのみである。
いずれ、大喬が人形を大事にしているということが周囲の者にも判るだろう。それは常軌を逸した行動かもしれない。

実際、孫策が死んだということになってから丸一年が経つが、大喬の目は常人のそれではない。頬はやつれ、いつも心は上の空。目だけがぎらぎらとしている。

「伯符様・・・伯符様・・・」

ある夜の事だった。
寝ている大喬の瞼の裏に、一人の老人が現れた。その老人は静かに何かつぶやいている。
「もう忘れるのじゃ。過去を引きずる必要は無い」
次の瞬間、老人の首が飛んだ。斬ったのは孫策である。
「伯符様!」
大喬は孫策に駆けより、2人はきつく抱き合った。
「伯符様・・逢いたかった・・・ずっと。ずっと・・・」
大喬は孫策の唇を求めたが、顔を近づけると孫策の姿はふっと消えてしまった。

夢。
大喬はがっかりしたが、それでも少し嬉しかった。

それからというもの、大喬は毎日同じ夢を見るようになった。
老人が現れ、何かつぶやき、そして孫策が現れる。

3日目の夢で大喬はやっと孫策と唇を重ねる事に成功した。
少しずつだが、夢が長くなっている。
大喬もそれに気付き、毎日が楽しみになっていた。例え夢の中とはいえ、孫策の体温を感じる事が出来る。
1月もすれば声も聞けるようになった。まるで孫策がそこに生き返ったようだった。
2人は夢の中で愛し合った。
大喬にとって、もはやこの夢こそが現実である。出来る事なら1日24時間、ずっと眠りつづけたいと願うほどだ。
目が醒めてしまう自分が口惜しい。

寝る事を最重要視するようになってから、大喬はますます不健康に痩せていった。だが、現実での自分の姿に大した興味は無かった。
夢の中の自分は孫策が消えた時の自分のまま。ずっと若さと美しさを保てる事は彼女にとって好都合な事だ。2人はずっと変わらないまま愛し合う。
これは究極愛ではないのか?
そう思うようになった。

大喬は一つの簡単な案を思いついた。

現実は邪魔なのだ。ならば、消してしまえばいい。
簡単な事だ。ただ、死ぬことで孫策と永久に一緒に居られるではないか。
今日、夢の中の孫策に話そう。きっと喜んでくれる。

その夜。
大喬はなかなか寝付けなかった。

ふっと、音が消えた。

何かの気配を感じ、体を起こす。
そこに見慣れた老人が立っていた。夢に出てくる老人である。
「もう、終いにしよう」

大喬はこの老人をよく知っていた。
夢の中に出てくるからではない。元々有名な人物なのだ。

于吉仙人。

天候を自由に操り、人の天命を見透かす者。
孫策の手によって死んだ者。

「よく聞くのじゃ」
于吉は静かに語り始めた。


過去、短い間だが孫堅に世話になった于吉はお礼に孫策の未来を占った。結果、孫策は人生で2度、大いなる危機に当たると出た。
1度目は于吉の神通力が功を奏し、孫策は生き長らえた。
2度目は孫策の夢の中に現れ、暗殺の危険をほのめかした。
だが、孫策はその言葉に耳を貸さなかった。于吉の事を迷信を振りまき民を混乱させる賊だと罵り、部下に捕らえさせた。だが、民や他の兵たちも于吉の事を信じきっている。斬り殺すわけにはいかなかった。
そこで孫策は于吉に一つの命を下した。昨今雨の降らないこの地に潤いを与えてみよというのだ。
民たちは喜んだ。これできっと孫策も于吉のことを信じてくれる、と。
だが、于吉本人はそうではなかった。「己の運命は変えられぬ」と。周囲の誰もその意味はわからなかった。

于吉が雨乞いを始め半日が過ぎると豪雷とともに大雨が降った。みな、大喜びした。
だが、あまりの雨の量に今度は洪水の心配が出てきた。
すると于吉は更に祷り始め、たちまち雨はやんでしまった。
孫策は苦々しそうだった。

その日の夜、また孫策の夢に于吉は現れた。夢の中で孫策は于吉の首を切り落とした。それは確かな手ごたえを持っていた。
体を起こすとそこに于吉の死体が転がっていた。

その後于吉の予言通り、孫策は狩りの最中に毒矢で射抜かれた。
華陀の治療により孫策は回復の兆しを見せていたが、それは予定されていたものだった。回復した孫策は戦を前に全身から血を吹いて死ぬ予定だった。

しかし、于吉は考えた。もし、そんな事になったら妻である大喬はどうなるだろう?于吉の言葉を信じずに命を落とす孫策の巻き添えを食らうような形で、自害など考えるのではないか?
それは忍びなかった。

于吉は孫策の形だけをこの世に残す事を考えた。それが、あの人形である。
だが、それもまた大喬に悪い影響を与えた。
夢の中で愛をむさぼるようになり、更には死を望むようになった大喬。それは于吉にとって心外な事である。

今日、于吉は二人の関係を完全に断ち切る為にここに現れた。

「まさか・・・」
「この人形とは今日でお別れじゃよ。その人形が消えれば、おぬしの忌まわしい過去、記憶もきれいに消える。さぁ、人形をこちらへ」

大喬は断固拒否した。

于吉は掌から炎を出した。その炎は何の迷いも無く人形へと向っていった。
人形は瞬く間に燃え始めた。しかし、大喬はその人形を手放そうとしなかった。
「馬鹿な。すぐに人形を離すんじゃ。おぬしが大怪我をするぞ!」
「いやよ!絶対にいや!」
炎はすぐさま大喬の服に燃え移った。炎は容赦なく大喬を包む。
「あああぁあぁぁぁぁっっっ!!!!」
悲痛な叫びを上げる大喬。
「いかん!」
于吉が叫ぶと、火はまるで何も無かったかの様に消えた。
さらに大喬の体を光が包んだ。火傷どころか、やつれた体が健康的に蘇った。
「あ・・」
「何故じゃ・・・何故、人形を離さなかった・・・」
大喬は呆然としていたが、その胸にしっかりと孫策人形を抱いている。
「だって・・・私は伯符様を愛しているから・・」
「よく見るのじゃ。それは孫策などではない。孫策の形を真似た、ただの人形じゃ」
于吉はそれを指差しながら言った。

自分の腕に抱かれた人形を見やる。その可愛らしい人形は・・・いや、人形ではなかった。大喬にとって、これは紛れも無く孫策なのだ。
「いいえ于吉様。人形などではありません。この方は伯符様なのです」
大喬の目によどみは無かった。
「おぬしが死ぬかもしれなかったのじゃぞ?」
「構いません。伯符様と共に往けるなら、それは本望です」

于吉は目を見開いた。
「素晴らしい。しかと見届けた」

そう言うと于吉は光に包まれた。それは余りにも眩しく、大喬は目を開けていられなかった。
「どこか遠くへ。幸せになるが良い・・・」
光の向こうから声が聞こえた。

徐々に光が弱まってきた。一体何が起こったのだろうか。
ゆっくりと目を開けてみるが、視界がまだ真っ白で何も見えない。少しずつ部屋の風景が見えてくる。
そこに何か見えた。
横たわるような影はゆっくりと立ち上がったようである。

大喬は思わずそれに飛びついた。
この手触り、体温、におい、鼓動。それはまさしく・・・・。




終劇。




〜〜〜〜あとがき〜〜〜〜
なんか、文才の無さを露呈させたような気がします。短い間の出来事を深く切り詰めて深く深く・・・なんてのを書いてみたいと思いましたが・・・ねぇ?(何
ハッピーエンドは書いてて楽しいです(一寸恥ずかしいけど






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