呂布伝

章  願いの子

「呂布様。客人が見えております」
「俺に客だと?誰だ?」
「はっ。同郷の李粛と申しておりますが・・・」
「そうか・・・通せ」
「はっ」

李粛。懐かしい名だ。子供の頃はいつも一緒にいたな。何年振りだろうか?
しかし・・・。
李粛は今や、董卓配下の文官である。旧知の間柄と俺を油断させ、暗殺しに来たのかも知れない。それとも、董卓軍を抜け出して丁原配下にでもなろうと言うのだろうか?彼と酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせる事など期待できるだろうか?

「やぁ、久しぶりだな」
「よく来てくれたな、李粛。座って一杯呑んでくれ」

呂布は李粛の杯になみなみと酒を注ぐ。李粛それを一気に呑み干そうとするが、呑み終える前に呂布は口を開いた。
「何の用だ?」
李粛はゴクリと喉を鳴らすと静かに杯を置いた。小柄な見かけによらず、なかなか豪快である。
「相変わらず単刀直入な男だな」
「ふん。お前は今では董卓の配下。我が丁原軍とは敵対する立場だからな」
「ならば私も単刀直入に答えよう」
にこやかな笑顔を見せていた李粛の目が鋭くなった。勿論、その瞬間を見逃す呂布ではない。昔を懐かしんでここにやって来たのではないという事を確信させた。

「丁原を斬れ」

呆気にとられた。董卓が丁原の首を欲しがっている事は分る。しかし、あまりに唐突なこの依頼は何だ?馬鹿げている。呂布は声をあげて笑った。

「何の冗談だ、李粛。面白い事を言うじゃないか」
「私は本気で言っているのだが?」
確かに、李粛の目は真剣である。
「この俺に養父上を斬れだと?董卓というのもここまで巫山戯た男だったとはな。お前もあんな男に仕えるのはやめた方が良い」
「では聞こう。呂布よ、お前は今の生活に満足しているのか?今は乱世だというのに丁原は我慢とか辛抱の男だ。お前のその飛び抜けた武力をあの男のために埋もらせて良いのか?」

確かに、養父上は戦に関して消極的だ。よく言えば平和主義なのだろう。先日のような戦いは滅多に体験できない。

「先日の戦い、私も遠くから拝見していたのだが戦っているお前は輝いていた。見ていて判るぞ。お前は戦場でのみ生きれる男だ。平和に暮らしているお前など、何の魅力もない」

そうなのかもしれない。
自分の武力が何処まで通用するのか。この乱世に乗じて暴れてみたい気持ちはある。

「おっと・・忘れる所であった」
「何だ?」
「董卓将軍からの贈物だ。赤兎と財宝さ。別にこれを餌にしようという訳ではない。丁原を斬らずともこれは差し上げるよう申された」
「赤兎だと!?」

名馬赤兎。一日に千里を走ると言われる名馬である。

「馬鹿な・・俺に命を狙われながら何故そんな事を・・・」
「それが董卓将軍の偉大な所だ。お前の武勇に惚れ込まれた将軍は斬られた兵士の事など気にしては居らぬ。お前があの赤兎を乗りこなし、世の為に使ってくれればそれで満足とまでおっしゃられた」
「俺に恨みを持っていないというのか?」
「はっはっは。それだけ、戦場でのお前は魅力があるということだろう。だがなぁ・・・丁原の元に居てはお前も赤兎も天下に名を轟かせる事は出来ないだろう」

体が熱くなってくる事に気付いた。赤兎にまたがり、天下に名を馳せる己の姿を想像する。だが、その為には養父上が邪魔だという。俺は欲望のために養父を斬ることなど出来ない。どうすれば良い?
考えても答えなど見つからない。どちらかを選ばなければならない。それもまた乱世だからなのか?

「私はそろそろおいとまするかな」
李粛はすっくと立ち上がる。
「明日の朝、今一度よらせてもらう。良い返事を期待しているぞ」

動かない呂布を尻目に李粛は去っていった。

不甲斐ない。情けない。
こんな時に何をどうすれば良いのか、さっぱりわからない。

「奉先」
今、一番聞きたくない声が聞こえた。
「ち・・・養父上・・・まさか今までの話を・・・」
丁原は落ち着き払った表情で呂布の前に座った。
「すまんな。盗み聞きの趣味は無いのだが」
「俺は・・・俺は・・・・」
「奉先、儂を斬れ」
ありえない言葉が聞こえた。
「できませぬっ!」
「いずれこの日が来るとは思っていたよ。李粛殿の言うとおり、お前はワシの元で燻っていて良い人間ではない。張遼もそうだ。二人でこの乱世に飛び出すときが来たのだろう」
「できませぬっ!」
「奉先・・・いや、呂布よ。これは儂の願いでもあるのだ」
全く理解不能である。
「お前は儂を斬らねばならぬ。そしてその咎を一生背負いつづけながら乱世を駆け抜けなければならぬ。この老いぼれの命がお前を一層強くさせるのだ。こんな所で平和に暮らすべきではない」

血は繋がっていないとはいえ、父である男を斬り殺さねばならぬのか。乱世に生きるとは、そういうことなのか。だが、俺が乱世に飛び出した所で、何がある?俺はきっと無闇に戦を続けることしか出来ない。それが一体何になるというのだ?俺の自己満足にしかならんのではないのか?
それが父の願いなのか?

「儂は今の世にそぐわない人間だ。ならばせめて息子が奔放に生きる姿をあの世で眺めたい」
「ですがっ・・養父上を斬る理由がありません。何故そこまでしてあの董卓に仕えねばならんのです」
「何も董卓と命を共にしろと言うのではない。だが、お前が活躍するのに手っ取り早いのが彼奴の下に付く事なのだ。一度乱世に出てしまえば、後はお前の思うままに動けば良い。世がお前に追随することだろう」

考えるのは無駄だ。今まで、考えて実をなした事など一度も無い。いつも人に言われるままに動いてきた。
養父上の言う事を聞く、これが最後の時なのだ。

「わかり・・ました・・・」
「そうか・・・ならばこの大陸に名を馳せることだけ約束しておくれ」
「はい・・・」
丁原は満足げな笑顔を見せた。呂布は今まで養父のこんな顔は見たことが無かった。
「ですが・・今晩だけ・・・今晩だけは・・・」
時を置けば決心が揺らぐかもしれない。それは養父を裏切る事になる。だが、今すぐに養父の首が飛ぶことなど考えられない。

「うむ。では、朝まで呑み明かそうか」
呂布にとっては都合の良い願い出だ。酒の力でも借りなければ養父を斬ることなど到底かなわない。

その夜の酒はいつもと違う味がした。



つづく。










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