第1章〜とむらいの夜〜

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 悲鳴?悲鳴って何だ?誰の?何のための?

 イサクの中に潜む、わけのわからない不安と恐怖がフリントに伝播する。なぜか胸が高鳴り、瞬きが出来ず、思考が止まる。

 フリントは猛スピードで宿屋を飛び出し、家まで全力で走った。大きな水溜りを迂回するのも面倒くさい・・・いや、むしろそんなものは目に入らなかった。
 どうして?何をそんなに慌てる必要がある?
 わからない。だが、フリントは走った。トマスにつれられて森へ向かった時のような「大したことは無いだろう」と言う根拠の無い自信は一切沸かず、今はただ、不安だけが心を塗りつぶしていく。

 戻ると、軒先に一羽の伝書鳩が羽根を休めていた。その細い脚には手紙がくくりつけられている。
 小さく丸められた手紙を広げる手が震えて、もどかしい。


「フリントへ。
 あなたが言った通り、子供たちはこちらへ来てからずっと疲れしらずで野山を走り回っています。
 相変わらずクラウスは元気すぎて危なっかしいし、リュカはまだちょっと甘えん坊でしたよ。でも、二人ともまだまだ遊び足りないようです。
 父も久しぶりに会えた孫たちと別れるのは寂しいみたいだけど、今日の夕方までには帰ることにしました。
 久しぶりの山の空気はとても綺麗で気持ちいいの。いつもタツマイリの村で羊の匂いにまみれているあなたにもこの空気を吸わせたかったな。
 今度来るときは羊たちの世話をご近所さんにお願いして家族みんな出来ましょうね。
 クラウスもリュカもわたしも、あなたのこといつも思い出していたんですよ。夕方うちに帰ったら、さっそく腕によりをかけておいしいご飯を作るわね。
 あなたと子どもたちのヒナワより」


 帽子のつばから滴り落ちる雨水で手紙のインクがわずかににじむ。このまま無かったことになれば良いのに・・・今日という日が夢か冗談なら良いのに・・・

 突然宿から飛び出したフリントを見て心配になったフエルも連れ、イサクが追いついた。フリントの家に明かりは燈っておらず、手紙を凝視したまま呆然と立ち尽くす彼をを見れば状況はすぐに解った。
「そうか、まだ・・・だったんだ。雨に濡れて風邪、ひいちゃうかもな・・・」
 楽観的な物言いが演技であることはフリントにもわかる。二人は今、言い知れぬ不安でいっぱいで、「どうせ大丈夫だろ」という考えがどうにも浮かばない。火事の一件が彼らを弱気にさせているのだろうか。

 夕方にこちらに着く予定だったというヒナワたち。トマスがフリントの家のドアを乱暴に叩いたころ、本当ならヒナワたちは帰宅しているはずだった。だが、その時間はヒナワたちはおろか、伝書鳩でさえも家にたどり着いていない。
 テリの森に異変があったからだ。
 しかし、イサクは昼にヒナワたちを見かけている。彼がこうして当たり前のようにタツマイリにいるのだから、ヒナワたちもまた当たり前のように戻ってきていてもおかしくない筈ではないか?
 火事の前にも何かが起こり、伝書鳩もヒナワたちも足止めを食った?
 ドラゴの叫び声って?
 そのあと聞こえた悲鳴って?

 森で一体、何が起こったというのだ?
 事情を知っていそうな唯一の存在である鳩は、小さな声を出しながら首を振り、愛嬌を振りまいている。

「ぼく、迎えに行くよ!」
 フリントに助けられたフエルは、今度は自分が助ける番だとでも言うかのように意気揚揚と立候補した。
「どこかで雨宿りしてるか、アレックさんの所に戻ってるんだとは思うけど・・・念のために探しに行ったほうが良いな。村のみんなにも手伝ってもらおう。お前は少し休んだほうが良いぞ」
 そう言ってイサクとフエルは宿のほうへ向かって走り去った。
 一人残されたフリントは降りしきる雨を見上げる。いつもは綺麗な星空なのに、今日は暗くよどんでいて、よく見えなかった・・・・。




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