第1章〜とむらいの夜〜

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 あまりモタモタはしていられない。
 フリントは自分の腰くらいの高さの炎は迂回せずに、強引に突っ切りながらライタの小屋を目指した。れいの虫が火をつけて回っている以上、遠回りなどしていられない。フエルを助け出しても戻れなくなる可能性があるのだ。
 それにしても、今日ほど新鮮な空気を渇望したことはない。
 幸い、今のところ煙に囲まれることはなかったが、それでも炎は新鮮な空気を次から次へと奪い去り、どうしても息苦しい。深く呼吸しようとすると胸やけがするし、煙や灰を吸い込んでしまうと人助けどころではなくなる。
 見慣れていたはずの、ライタの小屋へいたる景色が赤黒くゆがんでいく。
 もうちょっとだ・・・。
 さっきから目が痛くて涙が出てくるのだが、きつく瞬きした先にライタの小屋が見えた。と、同時に2階の窓からフエルが顔を出しているのも見える。悪いことに、小屋はそこら中から煙を吹いている。
 フリントは息を止めて猛然と走り、躊躇することなく小屋のドアを体当たりしてぶち壊した。小屋の中はあちらこちら燃え上がっていて、死ぬほど暑い。
「フエル!フエル!!」
 大声を出したつもりだが、実際にはガラガラと異音が出ただけだった。タンを吐き捨てながら(人の家なのに!)、二階へあがっていく。
 窓のすぐそばにフエルが小さくしゃがみこんでいた。うたた寝していて目がさめたら家中が火の海で腰を抜かした・・そんなところだろう。
 すぐに助け出そうとしたが、そのとき、背後に気配を感じた。

 見たことのある二つのものがくっついた、異形。
 それは、虫のような羽根を生やしたネズミだった。

「何だ・・・?こりゃあ・・・??」

 ネズミはギチギチを歯を鳴らしながらホバリングしていたが、突然フリントめがけて突進してきた。炎を恐れるでもなく、人間から逃げるでもない、悪意ある攻撃に見えた。フリントはとっさに身をかがめて攻撃をかわし、そのついでに熱でめくれ上がった床板を一枚、力いっぱい剥ぎ取った。先端が焼いたスルメのように湾曲した、1メートル半ほどの板切れでネズミを横殴りにぶっ飛ばすと、ネズミは壁に叩きつけられて「チゥ・・・」と小さな断末魔をあげる。
 絶命したわけではなさそうだし、その正体も気になるところではあるが今はかまってるひまは無い。フリントは炎を飛び越え、意識朦朧としたフエルをジャケットでかばいながら大急ぎで小屋を出た。
 脱出するとほとんど同時に、小屋はガラガラと音を立て、粉塵を巻き上げながらもろくも崩れ去った。
 フリントとフエルはそのさまを呆然と見守る。
「あ、ありがとう!真っ黒のフリントさん!」
 とつぜんフエルが大きな声を出す。見ると、フエル自身が真っ黒ではないか。
 ライタの小屋が大量のすすを撒き散らしたおかげで二人は全身真っ黒になっており、お互いの間抜けな姿を見て声を出して笑った。

 ・・・・・・などと和んでいる場合ではない。
「そうだ、父ちゃんに僕の無事を伝えないと」
 一歩間違えていれば命を落としていたと言う危険な状況にあったに関わらず、何とも他人事のようにフエルは元気だった。
「よし、それじゃあ急いで戻ろう」
「うん」
 フリントはフエルの手を取って、タツマイリの村を目指した。



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