第1章〜とむらいの夜〜

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 森の中はあちこちから火の手が上がっていたが、あまり乾燥していないせいか、火の回り自体はそんなに速くない。ライタの小屋まで往復するくらいの余裕は充分にありそうだ。とはいえ、いつ炎に囲まれるか知れないので二人は慎重に、かつ、大急ぎでライタの小屋を目指した。

「おい・・トマス。ありゃ何だ?」
 遠くの方に人影のようなものが見えた。しかしライタでもフエルでもないようで、しかも何やらあたりをキョロキョロと見回していて非常に怪しい。
 二人は気付かれないように近づいていく。木が燃える音、倒れる音などがひっきりなしに聞こえてくるため、二人の足音が気付かれることはなかった。
 そこにいたのは見慣れぬ人物だった。銀色で炎を反射してギラギラしてはいるものの、デザイン自体に派手さはない服装で、それよりも何よりも目を引いたのは、顔につけた豚の面であった。
「何あれ?何あれ?はやってるの?フリント」
 少なくともタツマイリの村でははやっていないし、見たこともない。
 豚面は足元に置いてある小さな金属製の箱のふたを開いた。中から何かが出てきたように思えたが、小さすぎて見えなかった。ますます怪しいではないか。
 フリントは飛び出した。その豚面が森の火災に関連した人物であると確信していた。
「危ないっ」
 ふいにトマスに脚を掴まれ、そのまま顔面から突っ伏してしまった。
「トマス!離せ!!」
 そう言った瞬間、すぐ目の前が真っ赤に燃え上がった。フリントの身長の倍ほどはある大きな枝が、炎をまとったまま落下してきたのだ。フリントは即座に立ち上がり、後ずさった。炎はそばの枯葉を栄養にしてぐんぐん大きくなり、とても豚面を追いかけられる状況ではない。
「くっ・・・」
「大丈夫?」
「あぁ・・すまない。助かったよ」
 豚面はあっという間に視界から消えた。
「段々火の回りが速くなってるような・・・」
トマスがつぶやく。森の中にいては全体の状況をつかむことは難しいが、普段から些細なことにも敏感なトマスは、目前の状況から全体像を憶測するのが誰よりも上手い。それを正確に相手に伝えることがあまりにも下手なのが玉にキズではあるが。
「よし、急ごう」
 森の中は当然、舗装などされておらず、火が邪魔で思うように進めない。焦りだけが募っていく。

 何なのだこれは。

 焚き火などから発生した山火事なら、燃えるのは一箇所のはずだ。それが大きく広がっていくのが普通ではないか。なのに、テリの森を襲う炎はあまりにも不自然だ。
 誰かが火をつけて回っているとしか考えられない。犯人は先ほど見かけた豚面であろうが、こんなことをして何になると言うのだ?
 森が無くなればタツマイリの村人たちは困る。食料が減り、洪水などの発生率も上がるだろう。だが、それが誰かの利益になるとは思えない。人助けと称して親切を売りに来るか?それは森を燃やしてまで実行するほど価値のある行商とは思えない。
 不可解だった。
 不愉快だった。
 もしこれでライタとフエルの身に何かあったら、村の連中に何かしらの損害が出たら、その時は誰を責めれば良い?誰の顔面に拳を浴びせれば良い?誰を怨めば良い?
 ふざけるんじゃない。どうしてこんな目に遭わなきゃならないのか。

 テリの森は全体が木と土で出来ているわけではなく、2割くらいは岩山になっており、当然、その周囲に木は密集していない。岩が剥き出しになってちょっとした広場のようになっている場所がいくつかある。
 彼を見つけたのは、そんな場所のひとつに二人がたどり着いたときだ。



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