第1章〜とむらいの夜〜

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「フリント!フリント!!フリントーーー!」
 ドアを乱暴に叩く音とともに聞こえるのは、トマスの声だ。相変わらずうるさい。

 ここはタツマイリの村の中心からやや外れた場所にある、フリントの家。妻のヒナワと子供たちは義父の家に居るので、ここしばらく、こちらは静かなものだった。一仕事終えたフリントはベッドの上で大の字になり、ぼんやりと天井を眺めていたのだが、外でわめくトマスの声に休息を邪魔されたのだった。
「火事だよ火事だよ火事も火事!!テリの森がぼうぼうめらめら燃えてるんだよーーーっ!!」
 トマスは村一番の声量の持ち主で、しかもただ無闇に大きいだけでなく、よく通る。夜中などは特に、狼の遠吠えにも勝るのではなかろうか。それだけなら別段なんの事は無いのだが、ゴシップ好きときているので困るのだ。ちょっとしたことでも地球が終わりそうな勢いでわめき散らすものだから、彼の言うことを一々真に受けて一緒に大騒ぎすると後でバカを見る。トマスの言うことは話半分に聞く程度がちょうど良いというのが、村の住人たちの共通の認識だ。
 火事というのもどうせ、誰かがボヤ騒ぎでも起して煙が見えただけのことだろう。
「早くしないと大変なんだよフリントー!森だよ森だよもりもり!森が燃えてるんだよーっ!」
 トマスは尚も叫びながらドアを叩きまくる。
「ったく!なんだってこの平和な村で鍵なんかかけちゃってるんだよフリントーー!」などと勝手なイチャモンをつけ、ドアを殴りつけながらノブをガチャガチャと回したり押したり引いたりしているらしいが、突然、がきんっ!という音とともに静かになった。
「あーもう!・・・・・・なんでこんな大変なときに取れちゃうかなー!」
 このままではそのうちドアを破壊したり、窓を割ったりしかねない。トマスにとって他人の家が無事かどうかよりも、自分の持ってきたニュースの方が大事である。まぁ、その「他人の家」も翌日にはニュースのネタになっているのだろうが。
「待て、待て、トマス!すぐ行くから!」
 フリントは別に焦らしているつもりもなかったのだが、ただ着替えるというだけの時間がトマスにはもったいないようだ。テーブルの上に放り出してあった愛用のテンガロンハットをぐいと被り、玄関を開けるとドアがトマスの頭にぶつかった。
「いてて・・って、寝ぼけてる場合じゃないぞ!テリの森が大火事なんだよ!こんな大変なときこそ、あんたみたいな向こう見ずなナイスガイの出番じゃないか!きてくれよフリント!」
 まったく、勝手なことを言ってくれる。向こう見ずなのは確かにそうなのだが、ボヤ騒ぎくらいで一々大騒ぎしないで欲しいものだ。といっても、この村では誰もが大騒ぎするような事件は今のところ起きたことがないのだが・・・。
 トマスはフリントの手首をきつくつかむと、物凄い勢いで走り出した。小柄なトマスの体のどこに、このありあまるパワーが隠れているのだろうか。

 村の中央広場にまで出ると、他の村人たちも飛び出していた。トマスの大騒ぎっぷりに誰もかれもがやや呆れ顔である。
 当のトマスはというと、村人たちの軽い野次にはまったく反応せず、目もくれず、とにかく走った。
 テリの森の方を見やると、なるほど確かに昇る煙が見える。しかし詳しく観察しているヒマは無い。フリントはトマスに手首がしびれそうなほどきつく握られ、ほとんど全力疾走させられているのだ。
 息は上がり、脚がもつれそうになり、目が回る。

 と、トマスが急にその足を止めたのでフリントは思わず前方につんのめって転びそうになったが、手首を引かれたために助かった。その代わり肩が外れるかと思ったが。

「見ろ!見ろ!フリント!!」

 テリの森は目前。
 森は見慣れぬデコレーションを施されていた。
 灰色と、黒の煙があちこちから立ち上っている。それも、とんでもない量だ。高い木々の隙間から、赤い炎もちらりと確認できた。
 ボヤ騒ぎどころの話ではない。正真正銘の山火事。それも同時多発的な。
「な・・何だこりゃあ・・・・」
 これを食い止める術などあるのか?フリントには何一つ思いつかなかった。
「行くぞフリント!」
 そう言ってトマスは燃え盛る森の中へと駆けて行く。
「おい!どうするつもりだトマス!」
「わかんないけど!!とにかく行くんだよ!」
 広場にはあらかたの村人が集まっていたが、ライタの姿は見えなかった。森の中の小屋で暮らしているライタが村にいないということは、つまり取り残されているということだ。ライタの息子のフエルも・・・。

 フリントは焦っていた。
 何の覚悟もなく、冗談半分で聞いていた「火事」という事実が、確かな現実として目前にさらされている。トマスが、フリントが、村人が、初めて目の当たりにする「本当の事件」が今、そこで起きている。汗が吹き出し、鼓動が早くなり、息が荒くなるのは何も全力疾走してきたからだけではなかった。



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