ノーウェア島、タツマイリ村。テリの森を越えた先・・・ヒナワの父、アレックの家。

 この物語は、ここから始まる・・・・・。




 ドンドン!ドンドン!!

 乱暴なノックの音が部屋の中に広がる。リュカの安眠を妨げようとするその音は、クラウスの大声とともにどんどん大きくなる一方だ。しかし、リュカも負けていない。ちょっとやそっとの物音でパッと目が覚めるようなことは決して、絶対、誰がなんと言おうと、ありえないのだ。
「リュカーーーッ!いつまで寝てるんだ!起きて遊ぼうぜ!」

 ドンドン!ドンドン!!

 ドアには鍵がかかってるわけではないのだが、どうせ揺すったところで簡単に起きるリュカではない、ということをクラウスは知っていた。
「早く!ドラゴが赤ん坊を連れてきてるぞ!かーわいいぞーー!!早く来いよ!待ってるぞ!!」
 ぴたりとノックの音が止まり、部屋の中に静寂が蘇る。あぁ、これでもうひと眠りできる──

 リュカが起きだしたのはそれから30分ほどたってからだった。

 そういえばクラウスが呼んでたっけ・・・?あ、そうだ。ドラゴが赤ん坊を連れてきてるとか何とか・・・?
 リュカはベッドから跳ね起き、寝癖爆発のまま部屋を出て1階へと降りていった。

「おはよう、おねぼうリュカさん。クラウスはとっくに起きて遊んでるわよ」
 そう言って出迎えたのは双子であるリュカとクラウスの母、ヒナワだ。
「うん。ぼくも・・・」
 まだ少しばかり眠気の残ったまぶたをこすり、大きなあくびを見せる。
「パジャマのままで遊びに行くつもり?ちゃんと着替えていらっしゃい。顔も洗って」
「うん」
 ごはんの準備をしている母の隣で、バシャバシャと冷たい水を顔中に浴びるとさすがに目が覚めた。
「はい、タオル」
 ヒナワの手からタオルを引っつかむと、顔を拭きながらバタバタと2階へ上がる。天窓からのぞく陽の光がまぶしい。
 手早く着替えを済ませ、一応かがみもチェック。なかなかの男前だ。ちょっぴり明後日の方向に向かった癖毛はチャームポイントである。
 階段を下りながら「いってきます!」と大声で告げ、外へと飛び出した。

 強烈な日差しに一瞬、目がくらむ。真っ白な視界に徐々に風景を描き出されていった。

 縄張りを主張するサクが申し訳程度に建物を囲んでいる。一応その中が庭ということなのだが、あまり役に立っているようには見えない。現に、2羽のニワトリはサクの向こうで走り回ってるし、それを眺めてる一頭のブタはちょっと迂回すればサクの向こうに出ることができる。今この瞬間、たまたま中にいるだけで、逃げようと思えばいつでも逃げれるのだ。そういえばどうして逃げないんだろう?
 一応、一頭の牛だけはしっかりとした小屋に入っているが。

 サクの向こうには青々とした草原が続き、700メートルほど先に森が見える。リュカは大きく息を吸い込んだ。もともと都会暮らしをしていたわけではないが、やはりこういうのどかな場所の空気はおいしい。子供でもそれくらいはわかるものだ。

「おお、ねぼすけ。起きたか」
 声をかけたのはヒナワの父、アレックだ。黒ぶちの(ちょっぴりダサい)メガネが太陽の光を反射してきらきらしている。大きな棒で牛をマッサージしているところだった。
「今日帰るんだったな・・・寂しくなるのう」
 優しい声でそう言いながら、あごにたくわえたひげを撫でる。髭は黒々としており、実際の年齢よりは随分若く見える。
「ほれ、クラウスはドラゴのところじゃ。行っておいで」
「うん!」
 家を出て左手に見える道(といっても舗装されてるわけでもなく、ただ草の生えていない部分を道と呼んでいるだけだが)を進んでいくと、岩山に囲まれた大きな広場に出る。
 そこに住んでいるちょっと変わった動物・・・それがドラゴだった。

 ドラゴの特徴は、まず、とにかくでかい。恐ろしく巨大である。アレックの家の牛などお話にならない大きさだ。
 そしてその皮膚。トカゲの皮をそのまま巨大化したようなスケールの大きい網目模様が印象的だ。皮膚を辿っていくと大きな手足に鋭い爪。口にはまた、さも恐ろしげな牙が並ぶ。どんな生き物だって、この手足で引き裂かれて、その巨大なあごに捕まったら一巻の終わり。

 早い話が、ドラゴという生き物は、つまるところ、わかり易い言葉でいえば、すなわち、いわゆる、「ドラゴン」である。

 だが、その見た目とは裏腹に非常に人懐こく、おとなしい生き物である。ドラゴに襲われた人間など今まで一人たりともいないし、子どもたちの遊び相手にもなってくれる。

「おーい!」
 リュカが走りながら声を上げる。向こうの方にちょろちょろと走り回るクラウスの姿が見える。それに気付いたクラウスのほうでも「早く来いよー」と、ぴょんぴょん跳ねながらリュカに応えた。そのすぐ横には巨大なドラゴが一頭、仰向けに倒れていた。
「あー、くたびれた。ドラゴたちとずっとケンカごっこしてたんだよ」
 クラウスはそう言って、倒れこんだドラゴ相手ににVサインなど送っている。
「リュカもいっしょにやろうぜ」
「うん」
 ケンカごっこというのは人間の親子もよくやるやつで、小さな子供が親に向かってパンチやキックを繰り出し、親は「やられたー」などと言って降参する、あの遊びだ。このドラゴたちは、そんな遊びに付き合ってくれるのだ。
 倒れていたドラゴがゆっくりと起き上がり、挑発的な視線をリュカに送り、フンッと盛大に鼻息を鳴らす。かかって来なさいとでも言っているようだ。
「よーし・・・」
 二度ほど屈伸運動をして、リュカはおもむろにドラゴめがけて走り出した。クラウスも「いけー!」と声援を送る。
「でーーーい!!」
 掛け声とともに、リュカは思いっきり体当たりをぶちかました。弾力のある皮膚に激突するのは、巨大なマットに突っ込んでいく感じに少しにている。
 見事なタックルを受けたドラゴは、低い唸り声を上げながらズズンとあっけなく倒れ、苦しそうにちょっとだけもがき、そして動かなくなった。双子が「どーだ!」と言わんばかりの笑みを浮かべると、そばにいた小さなドラゴも楽しそうな声を出す。
「あ、その子だね?」
「うん。ほら、おいで」
 クラウスがしゃがみこんで小さなドラゴを手招きすると、どうにもおぼつかない足取りで近づいてきた。
「な?すごいカワイイだろ?」
「わぁ・・・」
 親ドラゴは大地に突っ伏しながら、我が子を見守っている。
「ね、抱いて良い?」
 リュカが話し掛けると、親ドラゴは喉を鳴らし、ゆっくりとウインクした。了承を得たということにしておき、その赤ちゃんドラゴを抱き上げる。大きさはちょうどアレックの家のニワトリと同じくらい。双子の手にはちょっと大きいし重いのだが、ひんやりとしたウロコの下の何とも言えない温かさは、苦労して抱き上げるだけの価値を思わせる。

 その時だ。

「どけどけどけどけーーーい!オケラ様のお通りだーい!ケンカごっこときいちゃ黙っちゃいられねーぜ!どいつもこいつも叩きのめしてやる!邪魔立てすると、ただじゃおかねぇぞ!」

 と、言ってるような気がするオケラが走りこんできた。リュカとクラウスは全部が全部ではないが、何となく動物の言ってることが分かる・・・気がするのだ。
 威勢良く場に乱入したオケラは「まずはお前たちからだ!」などと言いながら(多分)、クラウスのほうに飛びかかった。
 顔めがけて飛んできた小さな敵に向かって、クラウスは反射的に平手打ちを炸裂させる。オケラはあっけなく地面に叩きつけられ、ひっくり返ってしまった。
「案外、骨のある奴だったな。またいずれ胸を貸してやっても良いぜ。じゃあまたな・・・・アニキ」
 と、ニヒルに笑いながら(多分)、体を起してすばやくいずこかへと走り去った。あんなののアニキになってもなあ・・・と思いながらも、そんなに悪い気はしない。

「二人とも、ゴハンですよ。今日はふわふわオムレツだよ」と声をかけたのはヒナワ。ふわふわオムレツはクラウス・リュカの一番の好物だ。
「やりぃ!じゃあ、ドラゴ、またな!」
「バイバイ!」
 二人はドラゴたちに手を振ると全速力で家へと走っていく。

「オケラ踏んじゃったけど、大丈夫だったかしら・・・」




「お母さんの好きな食べ物は何なの?」
「ふわふわオムレツよ」
「じゃあ、ぼくたちとおんなじ?気があうね!」
「わしだってふわふわオムレツじゃ!」
 テーブルにオムレツの皿が並べられると、リュカとクラウスはまるで競争するかのような勢いでそれを食べ始めた。
「ほら、そんなに慌てないの。そうそう、ご飯を食べ終わったら帰り支度をしますからね。帰り道は森の中を通るから早めに出発しないとね」
「えー。もっと遊びたいのに」
「また今度ね」
「もう子供たちだけでも遊びに来られるじゃろう」
「うん!」
 間髪入れずにクラウスが返事をする。自分たちだけで来れるとなれば、好きなときに好きなだけドラゴにも会えるのだ。
「リュカも大丈夫じゃな?」
「ほひおんあよ」
「なんだって?」
「リュカ、食べるか喋るかどっちかになさい」
 口の中のものを喉に流し込み、「もちろんだよ!」と元気良く答える。


 食事を終え、子供たちを部屋に上げると、ヒナワは伝書鳩の脚にそっと手紙を結んだ。夫・フリントへ向けたもので、今日の夕方か夜頃にはタツマイリ村に到着するであろう事を記してある。
 伝書鳩を放すとまっすぐ森の方へと向かって飛んでいく・・・・・・と、なにやらよく分らない、銀色の丸っこい飛行物体が見えた・・・気がした・・・・・・。



戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送