モノカキさんに30のお題 >>
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 00. お名前、サイト名、そして抱負を聞かせてください

01. はじめまして 
02. 秘めごと 
03.  
04. 遊園地 
05. 雨
06. レトロ 
07. 携帯電話 
08. 境界 
09. 冷たい手 
10. ドクター
11. 37.5
12. 
13. 螺旋
14. きせき
15. シンドローム
16. 
17. 君は誰 
18. 砂糖菓子 
19. 予定外の出来事
20. モノクロ
21. Cry for the moon.
22. ふたり 
23. 永遠 
24. 3K 
25. 棘(とげ)
26. パンドラ 
27. 迷い子
28. 記憶
29. おかえり 
30. And that's all ...?(それでおしまい)

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 00. お名前、サイト名、そして抱負を聞かせてください

名前 / mastermind(桝田舞人)
サイト名 / 密柑星
抱負 / せめて更新速度アップを目指したい><
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 01. はじめまして

けたたましく鳴る音。毎朝聞いているはずだが、慣れない。嫌いだ。
ゆっくりとそれに手を伸ばす。力を抜くと腕は重力に従い、それに向けて加速する。繰り返される日常だった。瞼は開かない。いつもの事だ。
丁度五分後にその凶悪な電子音はまた復活する。それまでの五分。この瞬間がたまらなく心地良い。

時に、西暦(中略)、謙治はそう思ったものだ。

高校生活は上々だった。特別に充実しているわけではないが、特に不満も無かった。つまり上々だった。
難しい事は考えずに、ただただ笑っていれば楽しかった。つまり上々だった。

ドアが開き、都築なにがしが白衣を翻しながら入ってくる。おとなしくしていれば清楚な化学教師だが、挑発的なミニスカートと胸を強調した服装が男子どもに高揚感を与え、その口から飛び出す汚い言葉と毒舌が男子どもの意気を消沈させる。つまり上々だった。
担任として、妙な熱血漢なんかよりは気に入っていた。つまり上々だった。

「よーし!てめぇら!」
綺麗な声だ。多分。それなりのセリフを吐けば。
カカカッと黒板に何かを書きなぐった。これはどう見ても汚い字だった。
何とか読み取れる字で「竹内月那」と書かれている。

「今日はてめーらにカワイ子ちゃんを紹介してやるぞ」
死語だ。しかし一部の男子どもの目が光った。
それを見た一部の女子どもがため息をついた。
謙治は何も思わなかった。つまり上々だった。

都築が廊下に向かって声を上げると、その少女はおずおずと教室に入ってきた。前の学校の物だろうか、制服と鞄が違っていた。
「はじめまして」
少し顔を赤らめて上目遣い。男子どもの心の臓を握りつぶす。

「よし、高田の横が空いてるな、とりあえずそこ座っとけ」
都築はビシッと謙治を指差した。
「マジか」

月那は謙治の横に座るとにっこりと眩しい笑顔をむける。
「はじめまして、竹内月那です。よろしくね、高田くん」

「すまん。惚れた」

というセリフを噛み殺しながら軽く会釈する。つまり上々だった。

使っている教科書が違っていたので、二人で一冊の教科書を共有するというテンプレートなラヴコメを展開した。つまり上々だった。
落とした消しゴムを拾おうとして、手と手が重なるというテンプレートなラヴコメを展開した。つまり上々だった。


「ね、高田くん。この学校、案内して欲しいな」
「マジか」

昼休み、謙治はクラスメイトを振り切って月那を連れ出した。
まずは購買部でパンを買う。二人とも弁当を持参していなかった。
焼きそばパンとコーヒー牛乳。何のひねりもないメニューを月那も真似した。

パンを持ったまま、主要な教室を案内して回った。科学室は避けた。都築に冷やかされるのが目に見えている。
月那は屋上を所望した。そこで昼食を取りたいらしい。
「マジか」

屋上へのドアを開けると、青空が広がっていた。そんな事はどうでも良くて、他に誰もいなかった。つまり二人っきりだ。つまり上々だった。

パンを食べ終わると、月那は屋上の淵を歩いた。
「おいおい、危ないぞ」

「わたし、高田くんが大好きだよ」
「マジか」

突然のセリフ。

「バイバイ」
「マジか」

月那は校舎から飛び降りた。

謙治が駆け寄ると、笑顔で落ちていく月那が見えた。はためくスカートに目のやり場が困った。つまり上々だった。
月那の足にはロープが結ばれていた。
そのロープの先は謙治の足に結ばれていた。

「マジか」



けたたましく鳴る音。毎朝聞いているはずだが、慣れない。嫌いだ。
ゆっくりとそれに手を伸ばす。力を抜くと腕は重力に従い、それに向けて加速する。繰り返される日常だった。瞼は開かない。いつもの事だ。
丁度五分後にその凶悪な電子音はまた復活する。それまでの五分。この瞬間がたまらなく心地良い。

夢落ち?

「マジか」

時に、西暦(中略)声を上げると、その少女はおずおずと教室に入ってきた。前の学校の物だろうか、制服と鞄が違っていた。
「はじめまして」

「マジか」

up


 02. 秘めごと

「政樹、ちょっとコンビニ付き合って」
「またかよー。めんどくせぇなぁ」
「何よ、あんたの為よ?」
「な、何だよそれ・・」

肩からランドセルをだらしなくぶら下げている政樹を、亮子は引っ張った。ランドセルの止め具をしめておらず、横からはみ出た縦笛が落ちそうになる。

行きつけの・・・と言うか、付近で唯一のコンビニエンスストアの中は相変わらず密度が低かった。人はおらず、商品もまばらだった。アルバイトの女子高生が物憂げに店の外を眺めている。
だが、この店の特徴はわびしさではない。何の意味があるのか、店の中も外も装飾に溢れていた。綺麗な造花があったかと思えば、へたくそな折り紙の作品群が並び、そこら中をぬいぐるみが監視し、スピーカーからは有線ではなく、少し古いけれど良い感じの曲が漏れている。少なくとも、コンビニエンスストアには見えない。

「おねーさん!」
亮子はひとしきり店内を物色してから店員に声をかけた。
「あら、亮子ちゃん。いらっしゃい。彼氏はどうしたのかな?」

店員──山口紗枝は声を掛けられるまで客の存在には気付いていなかったようだ。

「もぅっ!何であんなちんちくりんが彼氏なのよぅ」

ちんちくり・・・じゃなかった。政樹は漫画を手にとって立ち読みしている。

「今日は何も作ってないの?」
「うん。昨日徹夜で勉強してたからさぁ、疲れちった」
紗枝はあくびを噛み殺してから両腕を目いっぱい天へとかざした。この店の装飾のほとんどは紗枝と亮子がしでかした・・施したモノだった。店長もアバウトな人で、最初は「ちょっとくらいなら構わないよ」という感じだったが、気が付けば店が出来た当時の面影は微塵も残ってはいなかった。しかし文句を言われるどころか、むしろ店長は楽しんでいるようにも見える。チェーン店としてはあるまじき行為ではあるのだが。

「私も昨日テストあったよ、ほら」
亮子は今日返してもらった答案用紙を素早く紗枝に差し出す。
「へぇ〜、どれどれ・・・おっ、100点!凄いじゃん」
亮子はワシワシと頭を撫でられると満面の笑みで返した。小学6年であるが、まだかなり子供っぽい。

亮子は身を乗り出して小声で続けた。
「政樹ったら、鉛筆に数字書いて、それ転がして適当にやって62点なんだよ」
「それじゃあ、凄いんだか馬鹿なんだかわかんないわね」
亮子は吹き出し、二人は声を上げて笑った。

「どーせ俺は馬鹿ですよーだ」
いつの間にか背後に近付いていた政樹はふて腐れるように言った。手にはスティック状のお菓子と、ペットボトルのジュースが握られている。
「あ、買い食いだ〜」
亮子が指差すと政樹はいつものように「へぇへぇ、どうせオイラは悪ガキですよ〜」と開き直る。
「だいたい、お前が俺を連れてくるのが悪い!」とまで言いはる。
挙句の果てに「こんな所にコンビニを建てるのが悪い!」である。

紗枝はくすくす笑いながら商品のバーコードを読み取り、小さな袋に入れる。「はい、199円ね」
ポケットから小銭を鷲掴みにして200円を払い、その手でそのままおつりの1円を受け取ると募金箱に入れた。

「いつも有難う」と紗枝に言われると、政樹は照れくさそうに「小銭は邪魔なんだよ」と言い捨てる。
「普段から細かいの持ってればおつりで細かいの貰わずに済むのにね」
亮子はそう言いながらも、政樹が細かいお金を持たない理由が別にあるのを知っていた。少し悔しいし、自分が惨めな気になる事もあるけれど、それでも構わなかった。

「あ、私、今日は塾あるから先に帰るね」
「小学生も大変だね。頑張ってね」
「んじゃ、俺も帰るかな・・」
「あんたはマンガでも読んでなさい」
そう言うと政樹は「ムキーッ」と怒ってみせる。

「じゃ、また明日ね」
そう言うと亮子はタタッと店を出た。




3ヵ月後の、まだ暑い9月中ごろ。湿度はそれほど高くなかったので、割と爽やかな暑さだった。
その日は集団下校をする事になった。亮子は最初は10人くらいのグループにいたが、最終的にはずっと幼馴染だった船越啓介と、おとなしい感じの真鍋律子の3人になった。

ふと、啓介が言った。

「今週には三浦も転校かぁ・・・」

一瞬、亮子には意味がわからなかった。
「テンコウ・・??・・・転校!?政樹が?」
「せめて卒業式までは居て欲しかったよなぁ」

亮子の足が止まった。

「ぇ・・お前、知らなかったの?」

知らないよ。そんな事・・・知らないよ!
声が出なかった。

「お前ら仲良いから知ってると思ったけど・・真鍋は知ってた?」
「うん・・」

私だけ・・。きっと、私だけが知らないんだ。どうして?私だけのけ者?そんなに邪魔なの?しょっちゅう一緒にいたのに、どうして?

亮子は踵を返し、いきなり全力で走った。
「あ、ちょっ・・」
啓介が止める間もなかった。「ったく・・」
「船越君・・追いかけなくていいの?」

律子は意味ありげな目線を投げかける。

「まぁ、アイツは大丈夫だ・・・って、お前ってもしかして、なんか色々知ってたりする?」
啓介は律子の目の奥に何か深いものを見た気がした。

「船越君のことも、小西さんのことも、三浦君のことも。だいたいわかるよ」
「ムム・・そういうもんか」
「ね、追いかけてあげて」

律子はおっとりとして見えるが、実は根が強く、しっかり者だ。普段は余り喋らない分、その口が開くときはいつも的確なコトを言う。彼女に反論して勝てた者は啓介が知る限りでは、いない。

「家、すぐそこだから、帰るね」

律子が駆けて行くと啓介の足元で小さなつむじ風が渦を巻いた。





政樹は一人で歩いていた。家まで後100メートルといったところか。背後から「政樹っ!」と声がして、振り返る。と、衝撃。

「いってぇ〜〜」

色鉛筆などが入った手提げ袋で頭に一撃を貰った。
「何すんだよ亮子ー」

「どうして教えてくれなかったの。私なんかに教える意味が無いから?私が邪魔だから?何で黙ってたの!」
亮子がまくし立てると、政樹は何の事かすぐにわかった。亮子の目にはうっすらと涙が溜まっている。

「ばっ、バカ。何でお前が泣くんだよ」
「バカとは何よ!バカ!走ったから目が乾燥しただけでしょ!」
「あぁ・・あの、なぁ。言おうとは思ったんだぜ?何回も。けどよ、急だったしさ、なんかタイミング逃しちゃってさ・・・その・・ごめん」
「何よそれ。それならそうと早く言いなさいよバカ!」
「あんまりバカバカ言うとほんとに馬鹿になるだろーが」
「うるさい!あんたなんてバカで充分よ!バカ!」
「かーっ、きっついなー」

亮子は一息ついて、自分を落ち着かせた。

「で、知らなかったのは私だけ?あの人にはもう言ったの?」
「誰だよ・・あの人って・・」
「コンビニのおねーさんよ」
「コンビニ?関係ね−だろ」
「もぅっ、何やってんのよ!」
「な、何だよ・・」
「はぁ。今日はもういいわ。しあさっての土曜日、予定開けといてね」
「ぉ、おい、土曜って、出発の日だって」
「いいから!」

そう言って亮子は走って家へ向かった。目が乾いてしかたない。




土曜日の学校でささやかなお別れパーティが開かれた。
パーティが終わると、亮子は政樹を強引に連れ出した。最後は皆で一緒に帰ろうなんて考えていた者も多かったようだが、そんなことをしている暇は無い。政樹を引っ張るようにしてコンビニへと赴いた。

「ほら、男でしょ!バシッと決めてきなさいっ!」
亮子にバシッと背中を押されてよろめく。と、自動ドアが開いた。

「・・・がんばれ」







「お、今日は一人?珍しいね」
紗枝は何やらファッション誌を読んでいたようだ。立ち上がって、自分専用の椅子の上にそれを置く。
政樹はつかつかと店の中央あたりに進み、商品を手に取り、すぐにレジへと向かった。
「包んでもらったりとか、できる?」
「あら、プレゼント?じゃあ、パッケージは開けちゃった方が良いよね?」
「うん」
子供向けアニメの絵が書いてあるパッケージを開き、中身を小さな箱に入れる。箱と包装紙、リボンは紗枝が勝手に持ち込んだ物だ。需要は全くといって良いほど無いのだが。

珍しく、おつりが出ないようにきっちりと代金を払う。

「あ、あの、おねーさん」
「ん?」
「俺、まだガキだし、こんなもんしか買ってやれないけど、でも、俺、おねーさんが好きだ!」

政樹はおもちゃの指輪が入った箱を差し出し、顔を真っ赤にして叫んだ。







「良かったのか?」
亮子の横に気配無く啓介が立っていた。
「良いって?何が?私は恋のキューピッド。作戦大成功よ」
啓介の目の前にVサインをかざす。

「お前、三浦のこと好きだったんだろ?」
「まさか」
「何年幼馴染やってると思ってんだよ。わかるって」
「んん・・・そっかぁ。凄いなぁ、啓介は。私は啓介が好きな人なんて全然わかんないのに」
「いねーよ。そんなもん」

「政樹は幸せになれるよね」
「たりめーだろ。お前のお墨付きだしな」
「じゃ、満足!」
「ったく、たいした女だよお前は」
「こんな小学生、滅多にいませんぜ旦那」
「何言ってんだ」
「じゃ、帰ろっか」
「おう」

セミの声は無く、静かな風だけが2人の後を追うように吹いていた。
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 03. 鬼

 物心ついた頃すでに、それはあった。頭を手で触ると分かる、ちょっとした出っ張り。他人には気付かれていなかったし、これといった問題も無かった。


 ある日の晩、そこがうずいた。しかし特に気にも止めなかった。前日に不慮の事故で亡くした両親を思い、それ所ではなかった。
 だが、布団に入ってから、それはキリキリと痛み出した。
 しばらくは頭を押さえて我慢していたが、痛みはどんどん、どんどん、どんどん酷くなっていく。文字通り、頭が割れそうだ。
 俺は叫んだ。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 苦痛にうめき、枕を噛みしめた。痛い。痛い。痛い。
 死ぬんじゃないかと思った。
 頭の皮膚が裂ける。やめてくれ。どうなってるんだ。痛い。痛い。痛い!
 どろりとした感触が、髪と髪の間を縫うように頭皮をすべる。なおも強く枕を噛んだ。
 胃液が逆流する。気持ち悪い。
 鼻の奥がツンとし、涙がにじみ、鼻水が止まらなくなった。
 声にならぬ声を上げ、枕は唾液と胃液でびしょびしょになり、妙な臭いが立ち込める。
 雷でも落ちるかのような衝撃的な耳鳴りが止まらないし、心臓は爆発しそうなほど震えた。
 頭皮の一部がミチミチと音をたてる。
 食いしばった歯茎からは血がにじみ、歯そのものも砕けんばかりだ。
 それでも力を抜くことが出来ない。
 涙が止まらない。
 全身が不自然に力み、脚や腕が攣りそうになる。
 極限までに開かれた足の指は今にも折れそうで、しかし弛める事が出来なかった。
 痛い。助けてくれ。死ぬ。死ぬ。死にたくない。
 自らの顔面を、肩を、背を、思い切り引っかいた。掻き毟った。
 全身の引っかき傷から血がにじむが、神経は頭の天辺に集中されるばかり。
 息苦しい。呼吸という自律行動は阻害され、肺を働かせるのも一苦労だった。ついでに心臓も止まるのではないかと思った。
 鼻も口も、ついでに枕も体液でぐちゃぐちゃになり、それに噛み付いている自分が何となく恨めしい。俺は一体何をしているのだろう。いつまで続けるのだろう。
 頭の皮は依然、ブチブチと裂け続ける。
 悲しかった。そして憎かった。
 いっそ殺してくれ。
 いやだ。痛い。痛い。助けて。おっとお。おっかあ。痛いよ・・・・。




 悪夢のような一夜が終わると、俺の頭には長さ10センチほどの角が生えていた。


 そして当然ながら、人々から迫害を受けた。


 昨日まで一緒に遊んでいた友達が、俺に石を投げる。泣きながら。或いは嗤いながら。不思議なものを見る目で、或いはおぞましいものを見る目で。
 その親たちが一応止めるものの、俺に投げかける目線は冷たく濁っている。俺は絶望するのと同時に、呆れ果てていた。
 そして泣いた。




 俺が抵抗しないことを知ると、ガキどもはつけあがった。
 罵声を浴びせられ、パチンコ玉をぶつけられ、肥をかぶせられ、服に火をつけられた。

 俺は泣き叫んだ。やめてくれ。痛い。熱い。助けて。

 俺は一人だった。


 雑草を食べ、木の根をしゃぶった。その姿を見られ、人々はますます俺を蔑視し、やがて石を投げる者も少なくなってきた。気持ち悪いとか怖いなどと吐き捨てられ、見捨てられた。

 しかしそれでも俺に対して攻撃の手を休めない者が10人近くは居た。これでも大分減ったのだが、それでも10人だ。
 放っておいてくれ!





 泣き方を忘れてしまった。

 ネズミの屍骸を投げつけられても、もはや手で防ごうともしなかった。
 臭い、汚い、気持ち悪い。だからどうした。
 もう、どうでも良かった。

 二人の子供が太い木の枝で、俺をしたたかに打った。
 どうにでもしろ。
 そう思いながらも、俺はふっと、右手を振り払う。敵意を示そうとしたわけでも、煩わしかったわけでもない。ただ、何となく、だ。
 子供はさっと後ずさり、俺の手は空を切った。
 「逆らうんじゃねーよ!」
 そう言った・・言おうとした子供の声が、不自然によどみ、その首は引き裂かれ、頭が吹き飛んだ。

 見ると、俺の手にはどろりとした液体がついている。それはまだ暖かく、素晴らしく鮮烈な赤だった。


 木の枝を構えた首の無い子供がどさりと地に伏せると、一緒に居たもう一人は尻餅をつき、失禁し、喘いだ。
 その向こうに転がった首がこちらを見据えている。呆けたような死者の眼差しが、俺の網膜を貫く。


 俺は顔面を掻き毟り、久しぶりに泣いた。そして、逃げ出した。




 あれから10年。
 昔、友達と一緒に作った小さないかだに乗り、近くの島まで逃げた俺は、そこで一人静かに暮らしている。

 ここでの暮らしは利便性とは全く縁がないが、しかし穏やかだった。
 だが、人々はそれを許さなかった。
 なにやら、俺を懲らしめるために乗り込んでくる人間があるのだ。矢文で宣戦布告をされた。久しぶりに文字を読んだ喜びなど、ありはしない。まだ文字を、言葉を忘れていないと言う事実も、嬉しさよりは空しさが勝った。
 そしてその内容に呆れ、怒り、悲しみ、指が僅かに震えた。
 何故だ。何故、俺の平和を踏みにじるのだ。
 俺はどうやら金銀財宝を隠し持っているらしく、それは村の人々に対する不義だとして、そいつはここへと乗り込んでくる。
 何だ。何の事だそれは。意味が分からない。

 確かに俺は、一人の子供を殺した。だがしかし、それは虐げられた俺のささやかな反抗であるし、それとて、故意では無い。死んだ子供が自業自得だとまでは言わないにしても、あれは事故なのだ。
 それを何だ?今さらになって・・・10年だ。10年も経った今さらになって、俺を退治するなどと言ってのける。
 退治?退治って何だ?

 やつらは俺のことを「鬼」と呼び、悪の権化に祭り上げた。

 俺は呆れ果てるばかりだった。


 人は、自分とほとんど同じ形をしていながらも、ほんの少しの差異を持つ俺を見抜いては迫害した。
 そうやって同じ形のもの同士が寄り添い、また、互いに疑惑を抱きながらも馴れ合う。共通の敵を見つけては奮起し、自分達はまっとうだと思い込み、同じ形をした仲間を信じ、愛と正義の元、誰かを迫害する。
 迫害すべき存在がある以上、結束された仲間の絆は固く、しかし、その存在が失われると、互いに傷つけあわねば生きていけぬ。彼奴らは常に闘争を求めていた。
 この10年は俺という存在が、あいつらの結束を固め、村を平和にさせている。
 何と愚かしいのだろう。
 敵を持たねば保つことの出来ないような絆に、どれ程の価値があるというのだろう。
 悪をでっち上げることでしか主張することの出来ぬ正義に、いかほどの意味があるのだろう。
 貴様らはそうやって俺を迫害し、あまつさえ殺害し、一時の心の平穏を得、そしてまた、いさかいを始めずには居られない。
 人間どもはまた新たに絶対悪を切望し、どこかで生まれる角のある人間を迫害し、これを糧にするのだ。角でなくても、「同じでない」事を証明出来ればなんでも良い。

 良かろう。好きにするが良い。お望みどおり、鬼にでもなんでもなってやろう。俺様に歯向かう糞どもは皆殺しにしてやる。



 やがて、その日がきた。

 俺を退治するというその若者は、あろうことか、野生の動物を三匹連れただけのまだ若い子供ではないか。
 同年代か、いや、少し年下だ。


 何と言うことだ。


 これが、英雄の姿だというのか?これが、絶対悪である「鬼」を抹殺せんが為に現れた、善なる者というのか?


 それだけではない。
 聞けばこの男、植物から生まれたと言うではないか。



 あぁ、何と言うことか。



 異端に生まれたか育ったか分からないが、俺は迫害を受けて鬼と化した。
 そしてこの英雄は英雄の仮面を被せられただけの、ただの子供ではないか。


 塵虫どもはこの俺を「危険な存在」として認識している筈だ。最初はただの異物であっただろうが、子供を殺してしまった俺を真に「恐ろしいもの」と感じた筈だ。だからこそ俺は「鬼」なのだ。
 それなのに、何だこれは?
 そんなおぞましき悪に、こんな若者をたった1人で差し向けたというのか?
 彼の掲げる「日本一」などと記された旗には何の威厳も無く、一緒に付いて来ている動物たちは、まさか自分が命を賭けた戦いに巻き込まれようなどと知る由もないだろう。逆に言えば、この英雄にはそういう無知な動物しか仲間が居ないのだ。

 この俺を殺し、俺の首を持って帰還したとして、この者が果たして受け入れられるであろうか?

 それと、お宝だ。
 この小さな島には、村の屑どもが言うような財宝なんてありはしない。10年間ずっと住んでいる俺がその手がかりすら見たことも無いのだ。この英雄にもそれを見つけ出すことは不可能だろう。財宝を手にすることなく、俺の首だけ持って帰った英雄が、人々に受け入れられるであろうか?
 植物から生まれ、動物をたぶらかし、恐ろしく強靭な「鬼」を殺して、財宝を掠め取ったやもしれぬ者が、人間どもに受け入れられるだろうか?

 断じてありえない。

 この英雄もまた、傀儡でしかないのだ。



 いや、果たしてそうだろうか?
 もしかしたら、この英雄は真に英雄として迎え入れられ、俺だけが一人で醜く朽ち果てるのではないか。
 それを想像すると、俺の心は黒く淀んだ。
 どんな人間だって、やはり人の子であり、樹の股から生まれるわけではない。そんなことは誰でも分かっていることなのだ。絶対の真理ではないか。
 それを何だ?目の前に立ちはだかる英雄は、植物から生まれたんだぞ?角が生えていないだけで、妖怪に他ならぬではないか。
 それなのに、この俺が鬼で、こいつは英雄?そんな馬鹿な話があるものか。
 或いは自分の不遇を知りながら、村に受け入れられるように媚を売り尽くし、恩を着せようと画策しての行動か?
 となれば俺という存在は、この英雄が英雄となるための餌でしかないとでも言うのか。
 そんな自分勝手が許されて良いのか。

 では、俺がこの英雄を殺したらどうなるだろう。
 角を生やし、子供を殺し、十年経って村の英雄を血祭りに上げたとなれば、俺はいよいよ魔の化身となり、今度は日本中から俺を狩る為に蛆虫どもが殺到するだろう。
 何故だ、何故こんな目に合わねばならぬ。
 あらゆるものを憎んだ。あらゆるものを恨んだ。殺してやる。潰してやる。滅ぼしてやる。

 そう思い、俺は呆れ果て、そして泣いた。


 呆然と空を見上げた。透き通った青は美しく、それを美しいと思える俺自身を哀れんだ。


 視界の隅に、黒い影が走った。


 英雄の連れていた雉が、稲妻の如き迅さで俺の頭を掠める。
 気を取られてはならぬと全身を緊張させ、すばやく英雄の方に視線を戻すと、そこにあるはずのものが見えない。
 さらに視線を下へと連続させる。
 駆ける犬の背に猿が乗っている。その猿は勢いよく飛び上がり、俺の顔面めがけて強烈な蹴りを繰り出した。俺は防御が間に合わず、平衡を失ってよろめいた。
 何とか踏ん張ろうとして両足に力を入れる。その指令が神経を伝わりきる前に、先ほどの犬が右足首を食いちぎらんばかりに噛み付き、引っ張り、更に雉が猛烈な体当たりを食らわし、俺はあっけなく倒れた。

 空が見えた。
 美しい、そう思おうとしたが、滲んでよく分からない。
 すぐに、英雄の姿が見えた。大袈裟なほどの跳躍。大音声を上げ、大上段に構え、ゆっくりと落ちてくる。
 最初の雉の撹乱を受けてから、3秒と経っていないであろう。ただの野生と思いきや、よく訓練されている。彼らが何を以ってして俺を憎むに至ったかは、英雄の目的以上に皆目見当がつかなかった。ただただ、盲目的に英雄に付き従っているだけに過ぎないかも知れないし、しかし仲間というのは、得てしてそういうものかも知れぬと案じた。村を飛び出したあともずっと一人だった俺には、よく分からなかった。同じ形をしていないどころか共通点の方が少ないような三匹と一人の「仲間」に少なからず嫉妬したような気がする。

 ぐんぐんと迫る英雄の姿、その表情に、俺は何を見たのであろう。或いはその瞳に映る自分自身の姿に、何を見たのであろう。
 嫉妬か。憐憫か。憎悪か。怨恨か。

 だが、そんな事を考えている余裕は無い。

 俺は目を瞑った。


 そしてせめて、天国へ行けますようにと願ったのだ。

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 04. 遊園地


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 05. 雨


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 06. レトロ


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 07. 携帯電話

「まぁ、便利になったものねぇ」
母は取り扱い説明書とにらめっこしながらウンウン唸っていた。
「ねぇ、ちょっと、政樹。教えてよ」
「あぁ?それ読めば分るだろ?」
「わかんないから聞いてるんじゃないの」
「うっせーな!俺は忙しいの!」

そう言って俺は仕事へと向った。背中に「ごめんね」と言う母のか細い声が聞こえた。

イラついていた。何も母にあたる事は無かった。少し後悔した。

家に帰ると、母は笑顔だった。少しでも後悔した自分が馬鹿馬鹿しい。


二日後の朝、また母は説明書をにらんでいた。
「ねぇ、ちょっと、これ以上保存できないんだけど、どうすんの?」
「知るかよ。どうでも良いだろ、そんなもん」

またやってしまった。だが、気にしないことにした。

その日の仕事は調子が良かった。




その日、母が死んだ。


母の携帯電話には俺の寝顔だけが記録されていた。

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 08. 境界


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 09. 冷たい手


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 10. ドクター

 コンコン。

 いつもと同じ時間、いつものと同じリズムで、いつものようにノックが鳴った。

「はい」

 澪はいつものように答える。
 ドアが開くと、いつもとは少し違った。

「やあ、今日は新しいドクターを紹介するよ。君を担当してもらう」

 やや太っちょで愛嬌のある笑顔の丸谷先生の後ろに、背の高い、すらっとした男が立っていた。

「こちらは末永澪さん。そしてこちらが柴田先生だ。まだ若いけれどもとても優秀だよ」
 丸谷先生がお互いを紹介すると、ドクター柴田はそっけなく「どうも」とだけ言った。あまり良い印象では無かった。

 その日から、丸谷先生は澪の病室にほとんどこなくなった。代わりのドクター柴田は澪が話し掛けても会話は盛り上がらず、淡々とした毎日だ。
 窓を見ると毎日同じ風景。丸谷先生ならこんな代わり映えしない風景ですら、毎日面白い話に盛り立ててくれた。
 それに比べて新しいドクターはまさに無味乾燥。必要な事だけを聞き、必要な事だけを答える人だった。医者としては優秀らしいが、なんだか物足りない感じだ。



「ドクターはおいくつ?」
「26だ。さぁ、左腕を出しなさい」


「どうしてお医者様になったの?」
「向いていたからだ。さぁ、これを飲みなさい」


「彼女はいるの?好きな人は?
「そんなものに興味は無い。さぁ、服を脱ぎなさい」


「今日は雨が降ってじめじめしますねぇ」
「そうか。さぁ、口をあけなさい」


「丸谷先生がこの世で一番嫌いなもの知ってる?」
「知らんな。さぁ、点滴をするぞ」


「私、どうしても会いたい人がいるんだ・・・」
「そうか。さぁ、これに着替えなさい」


「すっごい面白い夢見たよ!」
「よかったな。明日の検査のため、水以外の飲食物は禁止だ」


「私の病気、いつ治るかなぁ」
「すぐだ。早く食べてしまいなさい」


「胸が苦しいな・・・」
「何!どんな風にだ!」
「あ・・・えと・・・気のせい・・かも」
「そう・・か」
「あの・・ごめんなさい・・」
「何を謝る?」
「・・・」
「嘘・・・なのか?」
「・・・・」
「二度とするな!!」


「・・・・」
「(無言)」


「ねぇ、ドクター・・・・」
「何だ」
「これ・・」
「だから何だ」
「・・・揺れてない?」
「・・・?」



 どーーん。


 遠いような近いような、よくわからない感覚の爆音が響いた。一瞬、事故かと思った。

 だが、その爆音は地底深くから聞こえたのだ。二枚のとてつもなく巨大なプレート同士が干渉しあい、そのエネルギーは活断層にも及び、大地を震わせる。

 澪は自分の顔が真っ青になっていく瞬間を自覚した。心臓が止まるかと思った。眼前では夢のような光景が繰り広げられている。無論、悪い意味で。


 ベッドの脇の小さなカラーボックスから雑誌が飛び出した。澪が一度も着たことのないようなファッションを身にまとう若者たちが踊る。上に置いてあった花瓶は中を舞い、ベッドを濡らす。壁はきしみ、ひび割れ、不自然にうねった。

 病室に恐怖が充満した。

 巨大な地震はどれ程の間、澪に恐怖を与えただろうか。ほんの1分、それ以下かもしれない。しかし澪にとっては何時間にも思えた。


 地震がおさまると、異常なまでの静寂が病室に戻った。ふと、顔を上げる。

 ドクターが立ち上がろうとしていた。腕が赤く染まっているのがわかった。バランスを崩して何かに引っ掛けたのだろう。

「大変!」

 澪は言うが早いかベッドから飛び降り、ドクターに近付いた。出血はそれほど大袈裟なものではなく、一瞬、ほっとした。

「触るな!!」

 ドクターが叫んだ。今までに聞いた事の無い声だ。地震とは異質の恐怖を澪に刻む大喝だった。
 ドクターははっとしたように澪を見やってから、素早く立ち上がった。「こんなもん、ツバつけてりゃ治る」

「どうして・・・」
「あ?」

 声が震える。

「どうしてそんなに私を嫌うの?わかんないよ・・・」
ドクターが一歩近付いた。見上げるととてつもなく冷たい目線が澪を見下ろしていた。
「教えてやろうか」
「・・・」
「お前の病気はな、抗酸菌によるケリルタル性ハウアー症候群と呼ばれるものだ。感染例も世界で2例、致死率100%の不治の病だ」

 頭の中が真っ白になった。

「お前のその右手、少し切れているだろう。そいつが俺の傷口に触れようものなら、俺まで感染するかもしれない」

 右手の人差し指、わずかに血がにじんでいた。その指が震えだし、止まらなくなった。
「そ・・んな・・・・・嘘よ」

「まぁ、安心して良いぜ。今までは不治の病だがな、もう一歩のところでゴールに辿り着ける。この病気について世界一・・・いや、違うな、歴史上最高の知識を持った俺が言ってるんだ。絶対に治してやる」
 どこから湧いてくるのか、ドクターの顔は自信に満ちていた。
「ほんとう?信じていいの?」
「あぁ、間違いなく、だ。100%完全に、完璧に、絶対に、だ。治せないならこんなこと医者が患者に言うわけないだろう」

 安心などできるわけが無い。だが、今はこのドクターの自信にすがるしかない。
 澪は自分の人生の片鱗を知らされたからといって、自殺するような女では無い。ドクターもそれを知った上で教えたのだろうか。

「だからお前は何も考えずに寝てな」

 ドクターがここに来て見せた、初めてのやさしい顔だった。


 地震は澪が思っていたほど強いものではなかったらしく、病院の機能にも致命的な損傷は無かった。
 外での被害も大した事は無いようで、澪の身の回りは3日後には元通りだった。




 この病気は本当に治るのだろうか?

 元の静寂を取り戻した病室で一人になると、いやな考えが脳裏をよぎる。
 どうして教えたのだ。「死」が確実な重量をもって澪に襲い掛かる。

 いつまで生きられるのだろう。

 いつ死ぬのだろう。


 どういう病気だろうか。これからどうなるのだろうか。怖くて聞けない。
 放っておいたらどれくらいもつのだろうか。

 あの男は本当にこの病気を治せるのか?今まで二人しかかからなかったんじゃないのか?そんなものをどう研究するのだ?
 丸谷先生は私の本当の病気のことを知っているのだろうか?そしてドクターがそれについて詳しいということを知ってここに呼んだのだろうか?

 それともドクターは死神なのか。


 知ることが怖い。
 知らないことが怖い。
 知らされることが怖い。


 死ぬのは怖かった。
 死ぬのは怖かった。
 死ぬのは怖かった。



 恐怖で思考が止まる。



 押し潰されそうだ。



 長い長い夜が怖い。






 ドクターは以前と変わらない態度だった。やさしい顔など見せないし、会話は淡白。ただ、少し疲れているように見える。無理をしているのではないだろうか?

 病気に付いては怖くて何も聞けなかった。
 ドクターが疲れているということは、焦っているという事ではないのか。それはつまり残された時間が短いのではないか。
 嫌な考えばかりが浮かんでくる。





 ある日、ほんのちょっぴり懐かしい音が聞こえた。

 コンコン。

 丸谷先生だ。だが、以前とは何となくタイミングが違う。

「今日はどうしたんですか?ドクターは?」


「ドクターは・・・柴田君は・・・・亡くなった」


 !?



「亡く・・・なった・・・って・・・??」



 瞬間、澪の死が確定した。

 二重の衝撃。泣くでもなく、叫ぶでもなく、ただ呆然とするしかなかった。


「これを」
 丸谷先生が何かを手渡した。
「君宛だそうだ」

 レポート用紙に書きなぐられた手紙はぶっきらぼうに始まった。



最初に、謝らせて欲しい。すまなかった、澪。
君との約束は守れそうにない。俺の研究は少しばかり間に合わないようだ。この手紙を書くのが精一杯だ。
ケリルタル性ハウアー症候群。それは君ではなく、俺の病名だ。君の病気は次の手術で丸谷先生が完璧に治してくれるよ。
あの、地震の日。俺が病気の事を話したとしても、君はかまわず俺の手当てをしようとしただろう。だからあんな言い方しかできなかった。すまない。
もっと器用に立ち回れればいいものを、とっさの嘘が苦手で、あんな突飛も無い事を言ったのだ。許してもらえるとは思えないが、本当にすまなかった。
君の恐怖は俺が一番知っているはずなのに。どうしようもない医者だな・・・。いくらでも罵ってくれてかまわない。
しかし、君の相手をするのが嫌だったのは本当だ。君は怒るだろうが、俺には時間がなかった。俺の理論は普通の医者には到底支持されないようなもので、発表するわけにもいかず、一人で研究するしかなかった。それに、俺は医者だ。自分の身体の事は自分で治したいと、半ば意地になっていたのかも知れない。
他人に俺の研究を預け、自分がモルモットにされる事など耐えられそうにない。
だが、結局は間に合わなかった。全くお笑い種だ。
どうせなら君ともっと仲良くなっていれば良かったと、今は思う。君の病気もキッチリ治したかった。本当に医者失格だな。
君を治せなかった事、君に嘘をついたこと、君を怖がらせてしまった事、いくつ謝罪の言葉を並べても足りはしない。
本当に─────────


 手紙はそこで途切れた。一本の大きな薄い斜線が無造作に引かれている。


「自分の受け持った患者を自分の手で治してやれないことほど屈辱的なことはない。・・・・・そんなことも言っていたが・・・まさか彼が・・な」
丸谷はぎゅっとこめかみを抑えた。
「自分の身体も自分で治さないと納得がいかんのだろうな。まったく、馬鹿正直な男だよ。彼の家にはケリルタル性ハウアー症候群に関する膨大な資料が残っていたよ」

「先生・・・」

 澪の中であらゆる感情がほとばしった。

「私・・・お医者さんになります」

 丸谷は一瞬呆然とし、すぐにやさしい笑みを浮かべた。
「とても難しく、厳しく、そして辛くて悲しい、険しい道だぞ?」
「はい。でもなります。それに辛いばかりでも無いでしょう?」
 一人の有能な医師が世を去ったが、また一つの卵が丸谷の前で輝いている。
「そうか・・・そうだな、それではまず、健康にならなくてはね」

 澪は病人とは思えないような明るい笑顔を見せた。

「はい。こんなもん、ツバつけてりゃ治ります」

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 11. 37.5

昔、昔。
具体的に言うと37.5世紀前、ある、37.5階建ての小屋に37.5cmのおじいさんと、37.5人のおばあさんが暮らしておりました。

37.5cmのおじいさんは37.5aの耕地面積を誇る山へ芝刈りに。
37.5人のおばあさんは37.5枚の服を洗濯をする為に川へ出かけていきました。

37.5人のおばあさんが洗濯を済まして帰ろうとすると、川上から37.5kgくらいの桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。
37.5人のおばあさんは37.5kgくらいの桃を37.5階建ての小屋に持ち帰り、37.5cmのおじいさんと37.5tの斧でその桃を真っ二つにしました。

桃の中からは世界で37.5番目くらいに可愛い男の子が出てきました。
37.5cmのおじいさんと37.5人のおばあさんは世界で37.5番目くらいに可愛い男の子に謙治という名を与えて、37.5年間、大事に大事に育てました。

そんなある日、世界で37.5番目に渋い謙治は鬼退治に行くなどと抜かしやがったので、37.5cmのおじいさんと37.5人のおばあさんは37.5このきびだんごを持たせて見送りました。



世界で37.5番目に渋い謙治が37.5歩あるいた所で、37.5本の歯を生やした犬に出会いました。
37.5本の歯を生やした犬は世界で37.5番目に渋い謙治の腰からきびだんごを奪い、そのうちの一つを37.5回噛んで飲み込みました。
世界で37.5番目に渋い謙治は怒って言いました。

「おい、犬。きびだんごを食べた事を許して欲しかったら、俺に命の忠誠を誓え」

37.5本の歯を生やした犬は世界で37.5番目に渋い謙治の言うコトを承知し、鬼退治に連れて行かれました。



37.5m程進んだ所で、37.5枚の羽根を持った雉に出会いました。
37.5枚の羽根を持った雉は世界で37.5番目に渋い謙治の腰からきびだんごを奪い、そのうちの一つを37.5回噛んで飲み込みました。
世界で37.5番目に渋い謙治は怒って言いました。

「おい、雉。きびだんごを食べた事を許して欲しかったら、俺に命の忠誠を誓え」

37.5枚の羽根を持った雉は世界で37.5番目に渋い謙治の言うコトを承知し、鬼退治に連れて行かれました。



更に37.5km程進んだ所で、37.5本の尻尾を持った猿に出会いました。
37.5本の尻尾を持った猿は世界で37.5番目に渋い謙治の腰からきびだんごを奪い、そのうちの一つを37.5回噛んで飲み込みました。
世界で37.5番目に渋い謙治は怒って言いました。

「おい、猿。きびだんごを食べた事を許して欲しかったら、俺に命の忠誠を誓え」

37.5本の尻尾を持った猿は世界で37.5番目に渋い謙治の言うコトを承知し、鬼退治に連れて行かれました。



そんなこんなで37.5年後、世界で37.5番目に渋い謙治と37.5本の歯を生やした犬と37.5枚の羽根を持った雉と37.5本の尻尾を持った猿は37.5平米の鬼ヶ島に到着しました。

世界で37.5番目に渋い謙治と37.5本の歯を生やした犬と37.5枚の羽根を持った雉と37.5本の尻尾を持った猿は、37.5膳の青鬼を37.5回ずつ殴り倒し、37.5足の赤鬼を37.5度のお湯で煮沸しました。


こうして37.5人が住む、この醜くも美しき世界は37.5秒間の平和を堪能しました。

この物語は37.5の次元の、37.5の世界の、37.5の国で語り継がれ、この物語を知った人は37.5日以内に、37.5人の人に次の物語を聞かせなければ、命を落とすという呪いが生まれました。


呪いには条件があります。

最初の物語は37.5という数字を37.5回使わねばなりません。
それを見聞きした人は、次の物語を37.5という数字を37.5回の二倍使って次の人に伝えねばなりません。
更にそれを見聞きした人は、次の物語を37.5という数字を・・・もうお分かりですね。
これを読んでしまったあなた。頑張ってくださいね^−^


*この物語・呪いはフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは関係が御座いませんことを再度明記します。
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 12. 罪

 私には兄がいた。兄は私より二周りも大きく、わがままで、乱暴だった。母が用意する食事を兄は殆ど独り占めしてしまい、私は兄の貪る姿をじっと見つめるのだ。だが、見ているだけでは空腹が満たされることなど無い。私は常に腹を鳴らし、兄は丸々と太ってますます増長していく。
 私には弟がいた。弟は私より一回り小さく、私よりも空腹だった。
 私は母の用意する食事を素早く奪う。力強く、しかし緩慢な兄は私の素早い動きに翻弄されるのだ。それでも殆どの場合、私が確保した食事を兄は乱暴に奪い取り、見せつけるでもなく、何を言うでもなく、ただただ目の前の食料にかじりついた。かじりつきながらも、母が次々に用意する食料をいち早くその口に頬張ろうとする。それは私に奪われまいとしているのではなく、ただ純粋に食事の魅力にとらわれている姿である。
 丸々と太った兄は空腹だった。私に意地悪をしようだとか、弟を泣かせようだとか、そんなことは微塵も思っていない。食事を奪おうとする私を敵視することも無い。兄の目に映るのは食料を奪う私の姿ではなく、私が奪った食料そのもののみであった。空腹を満たす食料の存在が全てだった。
 兄にとっての私という存在は、妹でもなければ敵でもない。邪魔ですらもなく、もはや何者でもなかった。全く興味を引くこともなく、当然愛情などというものはその概念すら存在していない。兄は、私や弟を認識すらしていないのだ。
 私は兄という存在を認識せざるを得なかった。兄にとっての私や弟などは取るに足らぬ存在・・いや、存在すらしていないが、私にとっての兄は大きな壁であり、私の食生活を脅かす悪魔であり、憎むべき対象だった。無視することなどかなうわけもなく、私の前には常に兄の存在が立ちはだかっていた。だが、私の心には不思議と憎悪というものが沸かないでいた。兄は食事を独り占めしようとする物体であって、それ以上では無かった。兄という存在は、ただそれだけの存在であって、感情では無かった。
 私は激しく抵抗した。兄という生き物に、兄という存在に抵抗するのではなく、飢えゆく状況に抵抗した。兄の行動など問題ではなく、ただ食欲のみが私の興味を支配していた。
 母からの食事を、兄が得る前に掠め取った。兄が貪るそれを、横からつまんで奪った。兄が夢中になっている隙に母からの贈り物を受け取った。
 兄は自分の手を離れる食料を執拗に追いかけたが、私の胃袋へと消えたそれに対しては何の興味も持ち得なかった。私が何かを言おうとも、実力行使に出ようとも、食事を奪おうとも、兄にとってそれらは現象ですらなかった。兄はただ、目の前の食料を追いかけているのであって、見えなくなってしまえばそれは最初から存在していないことなのだ。
 私は奪った食事を素早く弟に分けてやった。弟はおとなしく、兄や私から食事を奪おうとはしない。母から受け取る時にすぐに兄に奪われるが、抵抗もしなかった。いや、抵抗するだけの気力がなかったのだ。ぶくぶくと肥える兄とは裏腹に、弟はますますやせ細っている。そんな弟に、私は心ばかりの施しを与えるのだ。
 必死で掴み取った食事だけでは、私の空腹は満たされることがなかった。私は、いや、弟も、兄でさえもが、満腹というものを知らなかった。だからこそ、兄は死に物狂いで食事を貪るのだ。私自身、気が遠くなるのを堪え、生きるため、いや、ただとにかく喰う為に必死になった。
 空腹を満たすことのない僅かな食料のほんの一部を弟に与えることで、私は兄が得ることのない優越感というものに浸っていたのかもしれない。
 弟はその口に詰め込まれた食事を無感情に飲み込み、うつろな目を中空に漂わせる。喜ぶでもなく、感謝するでもなく、ただそこにいるだけの弟を相手に私は優越感を得ていたのだ。
 ここ数日、弟は母からの食事を受け取ることもしなくなった。真っ黒な目は呆然と無を見つめ、横たえた体を時折小さく震わせるのみであった。もはや私が押し込んだ食料を飲み込む力もなく、無残に吐き出されたそれは兄の胃によって消化されるのだ。

 異変が訪れた。

 兄が外に向かって何事か叫んでいた。大きな体をバタバタと動かし、泣きながらに訴えた。
 「ママ!ママ!お腹がすいたよ!!ママ!ママ!!!」
 母は丸二日、私達の前に現れなかった。泣き叫ぶ兄の姿を見ながら、私は無感動に佇んでいた。私と弟は生まれた時から絶望していた。希望など持ち得なかった。兄から食事を上手く奪った時にも歓びなどなく、満たされぬ食欲に支配されるまま、それを飲み込むだけの事だった。奪い返されても残念には思わず、兄に対する抵抗も感情ではなく、欲望に起因するものである。唯一、感情と呼べるものは弟に対する優越感であり、兄に対する劣等感などは無かった。だから今このとき、どのようにうろたえれば良いのかが分からなかった。

 私の世の中に対する印象など、食事にしか価値を見出さぬ兄とさほどの差は無かったのだ。同じであると言っても良い。食欲こそが全てなのだ。

 だが、それはおかしいのではないか。
 私と兄の思考態度に大した差が無いと言うのならば、いや、むしろ私の方が何らかの感情を持っている筈なのだとすれば、何故今、泣き叫ぶ兄を横目にした私は無感動なのであろうか。何故私は母に対して何の感情も湧かないのだろうか。元々、私や弟はどんなに死ぬ思いをしても泣き叫ぶことなど無かったし、その力も無い。しかし兄もまた食事にしか興味を持たず、即ち感情など存在していないのではなかったのか。何故、弱い存在である筈の私や弟ではなく、あらゆる存在を認めない兄が泣いているのだ。
 食欲の人形である筈の兄は今、食事を求めると同時に母という存在をも求めている。それに対し、絶望の人形である私は何の感情を表すことも無く、持つことすらも無く、弟と同じ目をしてただ呆然と兄を見つめているのだ。
 本来ならば、私は兄を軽蔑しなければならなかった。妹と弟の存在を認めることも無い兄に対して怨恨の念を抱き、自分達はこんな馬鹿げた男とは違うのだと自身に言い聞かせるべきだった。そうしていれば、私はただ呆然と兄の姿を見ているだけの、空っぽの存在になることは無かったのだ。兄に認識さえしてもらえない、何者でもないものになることは無かったのだ。
 しかし圧倒的な絶望がそれを許さなかった。私には希望が無かった。
 兄もまた満たされることの無い空腹に絶望していたに違いない。だが、兄は食事を運んでくれる母に多大なる希望を見出していたのだ。母の存在すらも希薄であった私とは違い、兄の目は確かに食事とその向こうの母の姿を捉えていたのだ。
 今、その希望は打ち砕かれ、兄は醜態を晒している。事もあろうに私はそれを見て絶望を深くするでもなく、ましてや希望などあろう筈も無く、言い知れぬ優越感を感じていたのだ。感情の無い優越感を得ていたのだ。
 何の期待も持たぬ筈の私が絶望の底で弟を見下ろし、今また兄を見下ろしている。無感情に蔑んでいる。しかし兄や弟が私より劣るなどと考えたことはない。元来、私には食欲しかなかった筈なのだ。その私が何故、弟に食事を分け与えたのか。何故、むせび泣く兄の姿を無心で見下ろしているのか。
 喜びも悲しみも無いこの侮蔑だけが、私の存在理由だったのだ。
 私の中には確かなる軽蔑の念は存在せず、したがって兄を見下ろすその目には感情など無い。侮蔑と言ってもそれは見かけの問題であって、内心とは必ずしも呼応しておらず、優越感というのも常人の感じるそれとは全く一致しないものである。
 事実、私は食事のほかの事には無関心なのだ。弟や兄に対する行動には何らの積極的な感情が伴うことも無く、しかし何故か私は行動している。それは本来、優越感などと呼べるものでは到底なく、全く不可思議の行動である。私自身、これを納得することは容易ではなく、また、思考する気力も無い。絶望の底でうずくまり、空腹に喘ぐばかりの私にいったい何の感情が芽生えようというのだろう。

 母の姿を見ず、三日が過ぎた。私は相変わらず泣き叫ぶ兄を無心で見ていた。もはや体を動かすこともままならず、瞼が硬直して瞬きすらも難しい。兄の錯乱は滑稽であろうが、私はそれを無表情に侮蔑するばかりであり、やはりそこには何の感情も無かった。
 ふと、私は異臭を感じた。目に見える情報には何の価値も無く、また嗅覚や味覚、触覚も全くの無価値の筈であったが、それでも私は異臭を感じ取った。もはや空腹さえもが忘れ去られた体を無理に動かした。私の体は恐ろしく軽く、しかしそれを動かす力もまたあまりに貧弱で、兎にも角にも頭が重い。首がもげる思いで後ろを振り返ると、そこには弟だった物体が転がっていた。兄もそれに気付いたらしく、異臭を放つ肉塊をしばし凝視した後、目玉をひん剥いて絶叫した。存在すら認められぬ弟が、今こうして初めて、兄の感情を揺さぶったのだ。一つの快挙と言って差し支えなかろう。
 私はと言えば、弟だったそれを無表情で見下ろしたところで、忘れかけていた欲望が甦った。それは相変わらず絶望の底であって希望にはなりえず、したがって喜びでもなければ弟の死を悼む気持ちでもない。哀しみでもなければ失望でもなく、純然たる食欲。それのみである。
 私は這うようにして弟に近づいた。弟だった物に近づいた。その姿を見た兄が「ひぃ」と声をあげる。私は急いだ。兄に奪われる前に、食事にありつきたかった。今を逃せば私はきっと死んでしまう・・・あぁ、そうか。これこそが希望なのかもしれない。
 私は希望に向かって邁進した。一ミリ、また一ミリと距離を詰め、生まれて初めて知る希望とやらに縋りついた。後ろで兄が咽ぶ声が聞こえ、しかし私はそれを愉快にも不愉快にも思うことなく、食事をはじめた。
 弟だったその塊からはもはや異臭すらも感じず、私は絶望の底でひたすらに食事を続けた。弟の血肉は私のそれとなり、一口一口が私の中で希望を育てていく。
 弟はどれほどに苦しんだだろうか。私に食されることをどう思うのだろうか。兄は何故、弟を食べないのか。可哀想な弟、可哀想な兄。母はどうして私達を捨てたのだろうか。満腹というのはどういう事なのだろうか。私は何故生まれてきたのだろうか。弟は何故死んだのであろうか。兄は何を思って泣いているのだろうか。外の世界はどうなっているのだろうか。私は母のようになるのだろうか。なれるのだろうか。
 あぁ、とにかく私は今、確かに生きているのだ・・・・。
 その様な感情が次々とあぶくの如く湧きあがってくる。そんなものは目前の食事に比べれば何の価値も無く、障りでしかなく、しかし私は何らかの感情によって体を打ち震わせた。
 右腕をかじり、胴を横切って左腕を噛み砕いた。二つに分かれた食料を兄に奪われぬよう、全身で守った。兄は私の食料を奪おうとはしなかったが、それでも私は半ば本能的に隠れるようにして弟だったものに喰らいついた。その右脚を踏みつけ、左脚に噛み付いて引き上げるとびりびりと皮膚が裂ける。肉を引き千切り、骨を砕く音が静かな夜にこだますると、兄の嗚咽が聞こえた。

 私は丸一日以上をかけて弟を全て食べ終えた。私を恐れるように窺いながら母に助けを求め続ける兄に対して、哀れみの一瞥をくれてやった。兄は私を確かなる存在として認識し、私もまた兄に対して初めて確固たる感情を抱いたのだ。

 しかし瞬時にして兄への興味は失われた。弟は消えうせ、母に対する希望も無い。母の運んでくれる筈の食事にすら何の感情も抱かなくなってしまった。だがその無関心は、絶望の底で圧殺されていたゆえの無関心とは全くの別物である。
 私はすっかり調子を取り戻した体で、真っ青な空を見上げた。まぶしく晴れ上がったその光景はあまりにも美しく、暗く淀んだ場所で小さくなっていた過去の自分が浄化されていくようだ。私は目いっぱい両腕を広げ、哀れな兄を残し、絶望と無関心の淵を後にした。

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 13. 螺旋

今日の相手はまだ若い男だった。
20歳前後だろうか。髪を茶に染め、肌はサロンで焼いたのであろう小麦色。耳にピアス。唇にも小さなピアスをつけている。この辺は理解に苦しむファッションだ。
と、常人には理解されない商売の俺が言ってもどうなのか。常人?いや、俺自身も理解など出来ない。したくもない。
高田栄介は商売道具を内ポケットにおさめた。

相手の若い男。名前は知らない。何故俺の相手になったのかも知らない。ただ、写真を手渡されただけだった。8枚目の写真だ。
栄介は男がデパートで物色しているのをこっそりと監視し、トイレに入ったのを見るとそこで仕事を完遂することに決めた。
男が用をたし、手を洗っているところを背後から首を狙った。どうやら鏡に俺の姿が映ったらしく、一瞬で男の顔が恐怖に引きつった。恨みも無い人間に無闇に恐怖を与えるのは気持ちのいいものではない。ためらわずに引き金を引いた。
パスっという乾いた音。
撃つ瞬間に銃を少し上に向けた。脳に直撃させる為だ。

男は即死した。
顔面から血潮を吹き、ガタンと洗面台に崩れ落ちた。
彼はこれまでどのような人生を送ってきたのであろうか。彼の鼻唄は陽気でいかにも楽しそうだった。毎日が楽しかったに違いない。未来もあっただろう。


俺が殺した。


理由は簡単だ。殺さねば殺されるからだ。自分自身を。守るべき人を。そのために殺した。

トイレを出て、15秒ほどか。背後で中年男性が騒いでいる声がした。
その場にいる人間全てが自分を見ているような錯覚に襲われ、栄介は五感を出来うる限り鈍らせてその場を後にした。

エスカレーターで下の階へと降りていく。すれ違う上りのエスカレーターに奴がいた。いまいち人気の無い野球チームの帽子を深々と被り、目もあわさずに栄介に一枚の写真を差し出した。

ありえないものが映っている。

バッと男の方を振り返ったが、既に姿は無かった。
「マジ・・かよ・・・糞がっ」
静かに唸った。それしかできなかった。なんと無力なのだろう。

写真には妻の澄香と息子の謙治の笑顔が輝いている。




「どういうことだ?」

ボロアパートの一室。
デパートで栄介に写真を手渡した男は、汚い部屋に似つかわしくない高級そうなソファにどっかと腰掛けてなにやら読んでいる。この男も栄介と同じく、何人もの人間を殺してきた殺し屋だ。人の殺し方を栄介に教えたのもこの男だ。

部屋の奥に座っている男。暗い部屋に差し込む光をバックに椅子をくるりと回して栄介を睨みつけた。映画なんぞでよく見るワンシーンだ。

「なんだ?」

一瞬たじろいだ。どれ程の修羅場をくぐってきたのか想像もつかない男の声だ。
「家族には手を出さない約束だ」
「悪いな。事情が変わった。上で色々あってな。ま、お前が知る必要は無い」
「そうはいかねぇ」
「あぁ?」
男は面倒臭そうにまゆをひそめた。殺し屋の方も密かに二人に視線を投げかけている。
緊張が走った。
「何言ってんだてめぇ」
「これは・・・俺の妻と息子だ」
「そうだな。それでこれが最後の仕事って事か・・」
「最後・・?」
「そう。この二人でお前は晴れて自由ってわけよ。しかし身内だったとはかわいそうになぁ」
男はシミジミとした顔で大袈裟に唸って見せた。
「で、何か問題が?」

関係無いらしい。
殺せということだ。

「知っちゃなんねぇ事を知っちまった。その代償に全部賭けるって言ったよな。嫌なら良いんだぜ。俺が代わってやる。お前が俺を殺しても他の誰かがお前と家族を皆殺しだ」

「何故だ・・何故澄香と謙治が死ななきゃならないんだ・・」
「・・・」

男は口をつぐんだ。殺し屋は本を読んでいるふりをして耳をそばだてている。彼は理由を知らなさそうだが、目の前の男は確実に知っている。そう直感が囁いた。

「はぁ・・」
男は頭をぼりぼりと掻いて目をそらした。
「その・・あれだ・・・。俺も詳しくは知らされてねぇんだが・・」
「なん・・だ?」
「血・・だな。らしい。高田澄香の血さ。あれが大澤の目標の邪魔になるらしいわ。と、あんまり深く聞くなよ。この場でてめぇを殺さなきゃならなくなるからな」

納得できるわけが無い。第一、意味が解らない。

「とにかく、だ。殺さなきゃ確実に死ぬと思え。分かったらさっさと行け」
そう言って男は窓の方へ向いた。何も話す気は無いらしい。



家に帰ると7歳になる謙治が出迎えた。
「謙治、明日いい所へ連れて行ってやる。ママには内緒だぞ」
耳元でそう囁くと謙治は嬉しそうにうなづいた。
「あら、なあに?」
「男同士の話だよ」
「アーソーデスカ」
澄香はふざけた口調で答えるとさっさと台所へと戻った。

殺す事など考えていなかった。
まず、謙治をどこかに捨てる事を考えた。息子を捨てる事を。自分の手で。
謙治のその後は天に運を任せるしかない。いい人に拾われて、俺の事なんか忘れちまえば良い。手続きを踏んで人に預けたりしたら確実に足がついて組織に殺される。モタモタしている暇は無い。
澄香は・・?
一緒に逃げるか?逃げるにしても謙治は連れてはいけない。
姿をくらまそうにも澄香の素性を消す事は簡単ではないだろう。警察の目を欺く自信はあるが、奴らの目を誤魔化せる自信は無い。そうなれば俺が澄香を守りながら二人で逃げるしかない。

三人の生死は全て運次第となるわけだ。一番生き残る可能性が高いのは謙治。栄介と澄香はこの先ずっと逃亡生活を強いられるのだろう。
何故、こんな事に?
澄香の血が邪魔だということは、澄香と謙治は遅かれ早かれ狙われるということだ。人を殺す事を覚えられた事はある意味で好都合だった。わけも分からない内に殺される事無く、逃げる事、生き延びる選択肢が与えられたのだ。運命の悪戯というやつか。澄香は自分の「血」とやらのコトを知っているのだろうか?

血とは何だ?澄香が受け継いだ血が奴らの「計画」とやらの邪魔となる。その血は受け継がれ、生き残ったとしてもその子がまた狙われる。
実際に親子で受け継がれるものといえば遺伝子だ。遺伝子の中には全く存在理由の解らない情報があるという。澄香の中のその情報が何か重大な秘密を持っているということだ。
二重螺旋に潜む溝。そんな目に見えないものに踊らされているというのか。

「糞ったれ」

そして償い。今まで殺してきた、名も知れぬ8人。
俺は自分と家族の3人を守るために8人を殺した。澄香と謙治が生き残るのなら他人の命なんてどうでも良いとさえ思ったのは確かだ。二人のためにならミサイルの発射ボタンでも喜んで押してやる。

今、その三人に死の危険が少しずつ忍び寄ってくる。
その結果が俺に科せられた罰だというのか。

突如訪れた最後の晩餐だ。表情を崩さないようにするのが精一杯で、折角の料理の味がよくわからなかった。




翌日の土曜日。
澄香には「謙治に会社を見学させる」と言い、謙治を連れて冴えない温泉宿に赴いた。

夜。食事は山菜をメインにしたものだった。あまり見覚えのない緑が活き活きと輝いている。

「ねえ、パパ」

いただきますを言う前に謙治が口を開いた。

「僕を捨てるの?」

全く予想していない台詞が飛び出した。聞き違いかとも思った。
「な、何言ってるんだ」
謙治は表情を変えなかった。
「じゃあ、僕を殺すの?」

なんだ?どういうことだ?

手が震えた。ビールを注ごうと右手に持ったグラスが低いテーブルに当たってカタカタと不快な音を立てている。自分がやろうとしている卑劣な行為が現実的な質量を持ってのしかかってくる。言葉が出なかった。

謙治の表情がぐしゃっと崩れた。
「どう・・して。僕はいらない子どもなの?パパ・・。僕、なんでもするよ。やだ・・よ。捨てちゃやだよ。パパと、ママと、一緒が、一緒が・・」
何だこれは。これが現実か。夢ならさっさと覚めやがれ。
「お願いだよぉ・・捨てないで。殺さないで。パパ・・パパ!ぼく、いい子にするから!パパ!!」

栄介がすくっと立ち上がると、謙治はびくりと身を縮めた。
「あ・・あ・・」
父を見る息子の眼には確かに恐怖が存在した。
「謙治。付いて来い」
栄介は息子の手首をぐっと握ると、部屋を出た。
「痛いよパパ。離・・して・・」
「ダメだ」

露天風呂を前に栄介は浴衣を脱ぎ捨て、謙治も裸にした。
「パパ・・怖いよ・・・何するの・・」
必死に抵抗する謙治を無理矢理引っ張った。
まっすぐに露天風呂へ向かい謙治を入れて自分も入る。
栄介はそこで謙治を思いっきり抱きしめた。

「パ・・パ・・苦しい・・」
栄介はこれでもかというほど涙を流した。
「すまん・・・すまん謙治。許してくれ」
「パパ・・??」
「お前の言うとおりだ。俺はお前を捨てていこうとした。それがお前のためでもあるからだ」
「やだよ、そんなの・・」
「そうだな。パパもそんなのは嫌だ。だから決めた。一緒に帰ろう」
「本当?」
「ああ、だがな、謙治。お前はこれから・・そう、死ぬほど辛い目に何度もあう。それでもパパに付いてきてくれるか?」
「何言ってんのさ。僕だって男なんだよ。いざとなったらパパとママを僕が守ってあげる」
そう言って謙治は白い歯を見せた。まるで何もかも知っているかのようだった。澄香と謙治に流れる「血」がそうさせているのだろうか?

本流とされる巨大な柱にまとわりついた螺旋階段。いつその濁流に飲み込まれてしまうとも判らないが、栄介はソコにしがみつく決心をしたのだった。


・。・゜★・。・。☆〜後書き?〜★・。・。☆
あー。何だこりゃ。終わってないし(ぁ
他の作品に出演してる「高田謙治」の不思議体験とこの血の意味はっ!?
別に大筋の設定があって(本流)、そのサブストーリ的な感じで書きましたが、本流書いてないからさっぱりですよね!(死

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 14. きせき


 coming soon
                                     


 15. シンドローム

 「姐御、やるのかい?」
 「冷たい・・・冷たいねぇ・・・・。しかし、わかるだろう?体の奥底から湧き上がってくる、熱いものが。うちらの本能が、自我が、無意識が、早く帰りてぇって騒いでやがる。もう悠々とした生活は終わりだねぇ」
 「そりゃあもう。あたしも昨日から全然眠れやしないし、男どもも血の気が多くてさ」
 時は12月。世間ではやれ年の瀬だ、やれ祭だと騒いでるらしいが、涼たちには身を刺すような寒さに打ち震えている暇さえも無い。全身を、思考を、鋭く突き上げる恐ろしいまでの血の衝動だけが確固たる圧力をもって涼たちを支配していた。
 「よし・・・皆を集めな」

 涼は自分を囲むように集まった者達を見回した。55名が1小隊を構成し、それが8小隊で1陣。それが8陣の総計3520名だ。誰も彼もがたくましい面構えをしており、それがまた涼の、或いは全ての勇士たちの本能を刺激する。
 「諸君!勇敢なる同志諸君よ!諸君らは一体何者だ!?戦士である!そして勝者である!!散っていった30万という同朋の屍を踏み越え、今ここまで生き抜いてきた、揺ぎ無きつわものである!」
 ある者は失った戦友を懐かしみ、ある者は無残な死をさらした恋人に思いを馳せ、またある者は顔も知らぬ兄弟を偲んで涙を飲んだ。
 「見るがいい!己を!隣人を!この私を!!幾多の難渋極まりない、恐るべき試練を乗り越えてきた我々を!我々の力を!!信念を!!そしてまた、此度乗り越えねばらぬ最後の試練を!!」
 涼は大音声を上げながら、全身をふるふると震わせた。それは寒さからくるものでもなければ、恐怖に起因するものではない。彼女だけでなく、3520人という大隊が一人残らず体を震わせた。来るべき聖戦に向けた武者震いだ。
 「此度の戦いでも多くの者が散ってゆくだろう!だが、嘆いてはならぬ!!振り返ってはならぬ!!諸君らは唯一無二の英雄であり、最強の騎士であり、すなわち我々は無敵の艦隊である!それぞれが個であり全であり、これまでに果てていった同胞達と、これより儚く散るであろう戦友たち全ての思いを己に刻まねばならぬ!我々は一心同体であり、隣人の死は即ち己の生である!死を乗り越えろ!死を受け入れろ!己の死はまた、我ら一なるものの生である!死を恐れるな!立ち止まってはならぬ!!諸君らの死は恥ずべきものではない!今、我々の多くが老い、負傷し、また病を抱えている。しかしそれが何の障害になろうか!いいや、我らの信念の前ではそのようなものは無力に等しい!我ら一なるものの目的を遂げるためならば、全ての試練は我らをより高みへといざなう先導者に他ならぬ!!ならば存分に利用してやろうではないか!何も恐れることなく、死のうではないか!生きようではないか!我々は我々の屍を超え、絶対なる領域に辿り着くのだ!それは我々全ての同朋に与えられた唯一の使命であり、我々が我々として存在する意義の全てである!!死ね!そして生きろ!辿り着け!!約束の地は我々を待っているのだ!!その時は今、まさに熟したり!!!ゆくぞっッ!!!!」

 一瞬の間があり、激甚たる鬨の声があがり、そして怒涛の進撃が始まった。

 軍勢は互いの体をぶつけ合いながら、或いは血を流し、或いは疲労に倒れていく。
 「振り返るな!前だけを見ろ!!」
 何のために戦っているのか。何のために皆が死んでゆくのか。もっと楽な道があったはずなのに、もっと確実な道があったはずなのに、それでも彼らは命を賭して突き進んだ。
 「第4陣長殿、陣没!」
 「雫が・・・っ!?」
 雫は涼の幼馴染であった。涼が総隊長を勤めるに当たって、恐らく最も支えになった人物である。その雫が今、部下を守る為に岸壁へと突撃し、鮮血をしぶかせて玉砕した。
 「ええい!勇者の死を無駄にはするな!!」
 その後も次々と勇敢なる者たちの戦没が報じられた。しかし悲しみに暮れている暇は無い。この先には更なる壁が立ちはだかっているのだ。
 「ぎゃああっ!!!!」
 一人の絶叫が遠く響いた。一瞬にして全軍を恐怖が支配する。
 「あ、あれは・・・・」
 「あぁ、分かってるよ。奴らがこの機に乗じて攻めてくることは、お前達も知っていたはずだ。今さら何を恐れることがある!!」

 魔軍。

 彼らの行く手を阻む、最大にして最強の敵、魔軍。
 その敵は勇者達の数百倍の巨体を誇り、強大な力で彼らの体を一瞬で真っ二つにしてしまう。その手に捕まれば為す術も無く全身を爪と牙でずたずたにされ、絶望を味わう時間も無く魔軍の餌となる。
 突破できるわけが無い・・・軍勢の士気が見る見る低下していくことを涼を、含めた全員が感じていた。
 「おうおうテメェら!情ねぇ面してんじゃねーぞコラァ!!!」
 そう言って飛び出した1小隊が居る。
 「男の生き様、目ん玉見開いて焼付けな!!」
 全身に生々しい傷を負っている霧島と、その部下達。地位も名誉も求めず、ただひたすらに勇猛果敢なる事で知られる最強の1小隊である。人々は敬意を表し、彼らを「青龍」と呼んでいた。あらゆる難関を正面切って破っていくその勇姿に並ぶものは無い。
 「霧島ァ!」
 「姐御ぉ!こんな所でグダグダやってる暇はありませんぜ!俺らが先陣を切りやす!あとは我武者羅に気張ってくだせえ!!」
 40人ほどになっている青龍の面々は勢いよく飛び出した。限界を超えた全力の跳躍は息を呑むほどに美しく、飛沫が陽光に輝き、見る者たちは言葉を失った。
 小隊は次々と魔軍へと襲いかかった。魔物どもの胸に、腕に、脚に、強烈な一撃を食らわせていく。中でも霧島の放った一撃は魔物の目を貫く程であった。だがしかし、魔軍はあまりにも強靭であった。どんなに攻撃を受けようとも一向に倒れる気配は無く、飛び掛る青龍を引きちぎってはその血肉を喰らった。
 「さぁ、行け!行くがいい!!俺たちはお前らに命賭けるんだ!でも俺たちの死は終末じゃねぇ!俺たちの死は俺たちの勝利になるんだ!!」
 霧島は徐々に減っていく青龍隊を引き連れ、何度も何度も魔軍へと攻撃を仕掛けつづけた。
 「見えるかお前達!あの姿はお前達そのものだ!困難がどうした!魔軍がどうした!知ったことではない!!突き進むのみである!!!」
 涼が地獄へとその身を投じると、全軍が一気に押し進んだ。ここぞとばかりに襲いくる魔物の手は青龍の働きによって阻害されるものの、それでも尚、何百という命が肉塊へと変わった。
 「進め!進めぇ!!」


 全軍から理性が消えうせ、盲目的に突き進み、そして記憶を失った。


 しばらくして、嘘のような静けさが軍の中にたなびいた。自分達がなぜ、そこにやってきたのか。どうやって困難を潜り抜けてきたのか。もはや何も分からない。
 青龍はどうやら全滅したらしい。全軍は半数以下となり、全ての陣長、総隊長がその命を失った。

 「畜生・・・みんな・・・みんな死んじまったのか・・・・・」
 「何で・・・・・何でこんなことに・・・っ」
 指揮官を失った軍はしかし、混乱に陥ることはなかった。
 「でも・・着いたんだ・・・・辿り着いたんだよ私達・・・・」
 多くの同朋を失い、それでも諦めることなく目指した桃源郷。
 ひと時の静けさ、平和に身を委ね、失った戦友を偲びながらも、誰も彼もが歓喜の声を上げた。

 そこは彼らにとって揺り籠であり、また、墓場でもある。

 命を賭けてそこへと帰還した者達は、また新たなる小さな命を植付け、そして程なく散っていった・・・・。

 新しい生命はここでまた熾烈な生存競争を繰り広げ、広大な海へと旅立ち、あらゆる困難を乗り越え、そしてまた、ここに舞い戻ってくるであろう・・・・。託された夢と試練は永久に受け継がれてゆくのだ。


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 16. 涙

「どう?初めてのご感想は?」

 11歳の少女、澄香は透き通るような笑顔だ。あまり手入れされていない髪と、わずかに薄汚れたワンピースが清らかな瞳を引き立てた。

「オレ・・・初メテ・・・マブ・・シイ・・・」

 不自然に大きくせり出した竜のような口から、低く鈍い声が漏れる。
 産まれてからそろそろ1年になるバケモノ、実験体GL16号は大きな瞼をしばしばさせた。ぬめりのある身体が不器用に動くたびに皮膚組織直下のチューブが光を吸収し、反応したナノマシンが色鮮やかにうごめく。爬虫類のごとき無彩色のウロコの下で、作られた命が踊っていた。



 研究室は円形で、広かった。実験体GL16号はそこでたった一人で生まれた。目を開けたとき、初めて見た世界にイキモノはいなかった。広い空間はコンピュータと実験器具に埋め尽くされ、カリキュレーションノイズだけが不協和音を奏でていた。それが彼の産声だった。


 ずっと一人だった。
 試験管の中で。


 産まれた時からある程度の知能は与えられていた。

 サミシイ。

 自分は何者なのか、何故ここにいるのか、どこなのか。何もわからず、たださみしかった。
 動く事もできず、緑色のジェルで満たされた大きな試験管から、ただじっと外の世界を睨む毎日だった。



 どれ程の時間がすぎた頃か、異変に気付いた。室温がほんのわずかに下がった気がする。何日か、幾月か、ただじっとしていた実験体GL16号にはわずかな状況変化も目新しい。一瞬の後、ジェルはその1度にも満たない気温変化を帳消しにし、設定温度を保った。

 ゆっくりと目を開いた。緑の視界の向こう、ずっと左の方が光っている。
 研究室のドアは音も無く閉ざされ、光は失われた。と、同時に二つの物体が近付いてくる。

「ごらん」

 大柄の男が抑揚の無い声で言うと、大きな目を更に丸くした少女が試験管を覗き込んだ。
「これ、なあに?」
 可愛らしい声だ。
「この子は可哀相な子なんだよ。ずっとここで一人ぼっちなんだ。これからもずっと、ね。だから君に面倒を見て欲しい」

 男が立ったまま、コンピュータに何かコードを打ち込んだ。試験管の上部でバシュウーと音がすると同時に、試験管内のジェルの水面が徐々に下がり始める。
 足元まで水面が下がると、実験体GL16号は体を動かせる事に気付いた。首を動かし、やたらと長い腕を持ち上げる。大きな口の先にチョンとついた鼻の上に残ったジェルを触るとプニプニとした感触が分る。せり出した3本の指先の鋭い爪で少し引っ掻くと、どろりとした緑の液体がにじんだ。

「あっ」

 少女が声をあげる。

 男が更に何かコードを打ち込むと、試験管の前部が扉のように開く。一枚のガラスではなく、精密な機械で構成されているのだが、少女の興味は次世代科学より目の前のけが人だった。
「大丈夫?」と問いかけながら、緑の液体をハンカチで拭った。小さな傷はあっという間にふさがっている。

「さ、しばらく話しでもするといい。なに、噛み付きはせんよ」
 男はそれだけ言うと白衣を翻してそそくさと離れた。壁に埋めつけられたリーダーの上に手を滑らせるとドアが開き、男は出て行った。

「オマエ・・・オレ・・・・怖クナイ・・・」
 実験体GL16号が恐る恐る問い掛けた。何でも喰らい尽くせそうな巨大な顎と、何でも八つ裂きにできそうな強靭な爪を持った人外が、一人の少女を恐れていた。

「ううん。怖くなんかないよ。私もね、あなたに似てるの。お母さんにもお父さんにも捨てられて、ずっと一人ぼっちだったの。だからね、あなたとお友達になりたいな」
 小首をかしげ、にこりと笑う。
「トモ・・・ダチ・・・?」
「そう。ダメ・・・かな?」

 その言葉の意味は生まれたときから知識として知っていた。

「トモダチ・・・・オレ・・・トモダチ・・・ウレシイ・・・」

「ほんと!?私は澄香ってゆーの。あなたのお名前は?」
「スミ・・・カ・・・・名前・・・オレ・・・・ジッケン・・体・・・M・・G・・・・16・・号」

 少女は目を見開いた。

「えーっ。ダメよそんなの。ちゃんとしたお名前は無いの?」
 実験体GL16号は答えられなかった。与えられた知識の中に『ちゃんとしたお名前』とやらは入っていない。
「ねね、私がつけちゃダメかな?」
「・・?」
「そうねぇ・・・GLだから、グリュックとかどう?強そうだし。それとも竜太とかの方が可愛くて良いかな?うーん。どうしよう」
 実験体MG16号の意見も聞かずに少女はウンウンとうなり始めた。

「グリュ・・ック・・・。オレ・・・名前・・・・グリュック・・・・」

 そう言うと少女の目が輝いた。

「ほんと!じゃあじゃあ、改めて、これからヨロシクね、グリュック」
「スミカ・・・ヨロシク・・・・」
 ドアから漏れていたあの光より、目の前の少女が眩しかった。


 数ヶ月間、澄香はずっと実験体・・・・グリュックの世話をした。研究室の外に出てはいけないことになっている彼に、外界の素晴らしさを話した。学校に行ってた頃のことを話した。
 グリュックの脳に刻まれている既存の『情報』とは違う、澄香の言葉の一つ一つが新鮮だった。

 澄香の方も驚いた。人にあるまじき姿をした怪物は、出会ったころはまだ澄香より一回り小さかったのに、数ヶ月で倍ほどに成長してしまった。客観的に見ると、バケモノが少女を餌にしようとしていると思われる光景だ。
 実際には澄香の方が活発で、グリュックの方は外見と裏腹におとなしいものである。


 ある日、いつものように澄香が実験室に入ってくると、いつも以上にはしゃいでグリュックに近付いた。
「グリュック!聞いて!あのねあのねっ、実験室の外に出ても良いんだって!」
 グリュックの前で澄香は大袈裟にくるくると回って見せた。
「下とか上に行っちゃダメなんだけど、この階なら回って良いって!だからねだからね!ほら!前に言ってたとこ行こっ」
 澄香は走って研究室のドアに近付き、グリュックの方を振り返ってピョンピョン跳ねた。
「ほら!早く早く!」
 グリュックは無言でのそのそと澄香を追った。口や腕、身体そのものは巨大なのに脚は不相応に小さく、動きも鈍い。特に今日はいつもより鈍く見えた。

 ようやく辿り着くと、澄香はドアの前にグリュックを立たせた。
「いっつも部屋の奥にいるから、外の景色って見た事ないでしょ?」
「・・外・・・・オレ・・・知ラナイ・・・」
「よし、じゃあ、ドア開けるからね。今日は良いお天気だから遠くの山も見えるんだよ」
 そう言って壁のリーダーに手を滑らせた。

 無音でドアが開くと、まばゆい光が二人を包んだ。

「どう?初めてのご感想は?」
「オレ・・・初メテ・・・マブ・・シイ・・・」
 グリュックは異形の手で目をふさいだ。
「あっ、ごめんね。でもほら、ゆっくり、少しずつ目を開いてみて?」
 澄香に言われるまま、ゆっくりと、慎重に目を開いた。

 巨大なガラスの向こう、最初に目に入ったのは光と、緑だった。産まれた時に自分を包んでいた緑とはまた異質で、素晴らしく美しい木々の光景。その向こうに広がる青空と海。

「ねねっ?きれーでしょ?凄いでしょ?」

 目の前の緑を構成するのが葉緑体であり、内部のチラコイド膜で水と二酸化炭素から糖と酸素が合成されている事を知っている。
 水が可視光の中でも低波長のものを反射するから、空を反射する海が青いのだという事を知っている。
 太陽光が散乱する事によって、低波長の光が蓄積されるために空が青く見える事を知っている。
 その空を悠然と飛ぶ複数の物体がオオヨシキリである事を知っている。
 角膜によって屈折された光の情報は虹彩、水晶体を経て視床を通り、視覚野に伝わる。前頭前野にまで伝わった情報によって意思決定がなされる。感動するという意味も、理由も、メカニズムも知っている。
 


 だが、こんな美しい光景は知らない。


 グリュックはただ呆然と、目前に広がる夢のような光景に魅入った。


「スミカ・・・・凄イ・・」
「ねっ。ほら、こっち。言ってた展望台に行こっ!」

 円状の研究室と同様に、建物自体が円形である。今いるあたりから丁度90度のところにそれはある。
 澄香がはしゃいで駆ける。展望台前の透明なドアが開くと、のろのろとついて行くグリュックを手招きした。

 ドアをくぐると、壁が無くなった。

「んん〜気持ちいい〜っ!」
 澄香が大きく伸びをする。

 グリュックはここでも面食らった。
「スミカ・・・コレ・・・ガ・・・風・・・??」
 ぱっと振り返り、澄香は嬉しそうにうなづいた。
「そう、そうよ!これが風!」
 澄香がくるりと回るとスカートがたなびき、小さくて元気のいい花のようだ。

「ねっ?いいでしょ?すごいでしょ?」
「オレ・・・ウレシイ・・・・ウマレテ良カッタ・・・・」

 グリュックはゆっくりと歩いた。展望台の先端から下を覗くと、すぐに海が見えた。入り江になっている。

「スミカ・・・今マデ・・・アリガトウ・・・・・」

 澄香はきょとんとしている。

「何よ、これからもずっと一緒だよ」

「オレ・・・オレ・・・・失敗作・・・・」
「ぇ?」

 何を言い出すのだろう?

「オレ・・・失敗・・・ダカラ・・・・・今日デ・・オワカレ・・・・」

 肩が震えた。
「いや・・・・」
 涙が滲み出た。
「そんなの・・・」

「スミカ・・・後デ・・・洗脳・・トカレル・・・家族・・帰レル・・・・」
「何・・よぉ・・・・わかんないよぉ・・・」
「スミカ・・・誰ニモ・・・・捨テラレテ・・・ナンカ・・ナイ・・・」

 何を言われてるのか意味が分らない。というか、そんな事はどうでも良い。お別れという言葉を取り消して欲しかった。
「うああぁぁぁ」
 大声をあげて、グリュックに抱きついた。異質の感触は紛れも無い暖かさを持っていた。
「私たち友達でしょっ!どうしておわかれなの!絶対いや!絶対イヤッ!!!」
「スミカ・・記憶戻ル・・・。ココデノ事・・・忘レル・・・・俺ノコトモ・・・忘レル。デモ・・オレ・・・モウ、サミシクナイ。スミカトノ・・オモイデ・・・ウレシイ・・タノシイ・・・イッパイ・・・。スミカ・・家族トイッショ・・・・。スミカ、シアワセニナル・・・。スミカシアワセナラ、オレ、サミシクナイ・・」
「イヤよ!思い出さない!忘れない!ずっとグリュックといるの!」
「オレ・・ダメ・・・。スミカ・・・シアワセニナル。オレウレシイ。スミカココニイル・・スミカ・・フコウ。オレ・・・カナシイ」
「違うもん!私、グリュックといるのが幸せだもん!グリュックは私のことキライになっちゃったの?おわかれななかしないもん!」
「オレ・・スミカ、好キ。デモ・・・スミカ、家族トイルノガ・・・シアワセ・・。スミカシアワセナラ、オレノコト・・・忘レラレテモ・・・、オレ、サミシクナイ・・・・・・・・・・・」
「嘘よ!じゃあどうしてよ!どうしてグリュックは泣いてるの!」
「オレ・・スミカ・・・好キ・・・オレ・・・・・サミシクナイ・・・スミカ・・シアワセ・・・デモ・・・・・ナミダ・・・・・・オレ・・ワカラナイ・・・」
「逃げよう!そうよ!ここから逃げればいいのよ!!」
「ダメ・・・オレ・・・の・・心臓・・・バクダン・・・・時間・・・無イ・・・・・」
「!」
「オレ・・死ヌ。スミカニ・・・見セタクナイ・・・・」
「いや・・・・・」
「オレ・・シアワセ・・・スミカ・・・アリガトウ・・・・・」
「いや・・・・・」







 グリュックは澄香をぐっと突き放した。人間にありえざる怪力に澄香は抗う事などできない。しりもちをつくと、グリュックの身がひらりと宙を舞った。















 澄香の視界からグリュックが消えた。













 刹那。










 爆音とともに静かな水面が不自然に飛沫を上げた。




 その美しき輝き。

 誰も知らない・・・・・。

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 17. 君は誰


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 18. 砂糖菓子

 我々に対して不当に害を為す者の行動そのものはほぼ一様であると考えられるか、或いは区別を要するものではないとしてこれを無視することが出来る。しかし他方、その心情には捨て置くにはあまりに雄弁な、さまざまなパターンが見られる。
 その中でも最も単純と思われるのが、破壊・殺戮衝動による圧倒的暴力である。
 ただしこれは一般に言われる「残酷な子供」の範疇を超えているということに注意するべきである。最も単純でありながら・・・と云うよりもむしろ、最も単純であるがゆえに、同時に最も憂慮すべきパターンの一つなのだ。それはもちろん我々にとってそうであるが、教育者も気にかけるべきであり、しかも一生を投じて向き合うべき問題ですらある。
 このパターンに合致する者というのは、破壊・殺戮行為そのものが目的であるがために、当然いかなる説得も効果を得られず、唯一即時的に改善されるとすればそれは興味が他の事象へと移行した場合に限る。つまり何らかの働きかけによって改善を試みるとするならば、代替物を用意することだけが有効な手段たりえよう。しかしそれは勿論、問題の先送りであって、抜本的解決とはとても言えない。これを完全に、見渡す限りの情景を明瞭に論証するかのように絶対の決断を以って解決するには、莫大な時間の経過か、或いはあまりにも衝撃的な事件によってのみ起りうる世界観の変動が必要となる。しかしそれを故意に起こすのは全く容易ならざる事であることは明白であり、すなわちこれが最も憂慮すべきパターンであるという所以なのだ。
 当然、我々にはこれに対抗しうる有用な手段など持ちうるべくもない。
 次に考えられるパターンが、命の軽視である。これは言わば無知から来る愚行とも表現できるものであり、多くの場合に於いては最も更生が容易である。また、前述の「残酷な子供」というのは本来このパターンに当てはめるべきものである。
 破壊・殺戮そのものを目的とする者は、その対象の重みを知っていようが知っていまいが、時として知った上で敢えて行為を繰り返す。しかし無知の者の場合は、その知識を与えてやれば済むことなのだ。
 当然、即座に納得する者とそうでない者とに分かれるであろうが、それでも破壊衝動そのものを取り去るよりは圧倒的に短時間で矯正することが可能であろう。
 ここで憂慮すべきは、説得に失敗した結果、知識を得た上で破壊・殺戮を続行する場合である。即ち、これが次のパターンの"支配欲"である。破壊・殺戮衝動に至る、より根源に近い欲望であるように見えながら、決して同一視は出来ないものだ。己の支配欲を知った上での破壊・殺戮衝動と、無意識の衝動とではその意味を全く異にするのである。端的にいうならば、目的とそこから得られる結果の逆転であろうか。
 これもまた世界観の変動によって改善される場合が考えられるが、最初のパターンと違って、自らの行為の正当化を試みるようになるか、一種の自己暗示の状態に陥るため、更生はさらに困難を極める。
 また、教育者は淡々と行われている行為が破壊・殺戮衝動及び命の軽視によるものなのか、或いは支配欲に端を発するものなのかを判然と見極めなければならない。何故ならば支配欲から来る破壊・殺戮の場合、その者の目的は飽くまでも"支配"であって、破壊・殺戮ではないからだ。破壊・殺戮はあらゆる手段の中から選ばれた一つに過ぎず、たとえこれを無理矢理奪われたとしても、如何と言うことは無いのだ。
 つまり、このパターンに当てはまる者の場合、説得された時にそれを了承したかのような素振りを見せながらも、実は次の方法論、或いは新しい標的を考えようとしている、と予測するのが賢明である。この演技を見て"更正に成功した"等と思い上がれば、それはいずれ我々だけでなく、あらゆる第三者、或いは教育者や当事者にも何らかの害となって降りかるのだ。

 主なパターンは以上の三つに絞られよう。しかし、そのような雑多な事実は実際、我々にとって重大なこととは言えない。他方、日々我々から我々が順々に、淡々と或いは粛々と奪われるという純然たる現実もまた取るに足るべくものではない。或いはまた、それを知った上で行為を行なう者とそうでない者等に分類することが可能であるが、それもまた、あまりに瑣末なことである。
 何故なら元来、我々には我々の生死に対して疑問を持つことが許されてはいないからである。
 そうして我々は今日も明日も未来永劫にわたって、我々の亡骸を横目に王の手足となり、仕組まれた食料を運び続けるのだ。

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 19. 予定外の出来事

ガンッ!

ロッカーは甲高い悲鳴をあげた。
「キーッ!む・か・つ・くぅ〜〜!!」

ガンッガンッ!

「ちょっと亮子、何やってんのよ。あーあぁこんなにしちゃって・・」
へこんだロッカーの扉を美奈が直そうとしている。
「あのハゲ部長、いつか思いっきり引っ掻いてやるんだからっ」
そう言って私は鋭い爪に蛍光灯の光をキラリと反射させた。

「んん・・・・やっぱ良いや。私、会社辞める」
「辞めるってあんた、どうすんのよ?」
「ちょっと美奈、普通『辞めないでよ』って言わない?」
「ぇ・・あ、と・・・割と想像ついてたというか・・」
「んもう、冷たいわねぇ。大好きっ」
ふざけて美奈に抱きついた。
「きゃっ」
美奈は女の私から見てもキュートで魅力的だ。それに比べて私はガサツだし、大雑把だし、そのうえ喧嘩っ早い。

「美奈とじゃれあうのも今日で最後かなぁ・・」

会社を辞めるなんて言ったが、本当にその後の事は考えていなかった。でも、あんなハゲ部長に使われるくらいなら、その辺のいいオトコ引っ掛けて遊んでる方が良い。

明日、辞表を出そう。
美奈にバイバイを言って、私は帰路についた。よく考えると辞表の書き方とか知らなかったが、どうにかなるだろう。

5時20分。定刻帰りのサラリーマン・OLたちの群れが目に付く。私はこの生活とも今日でお別れ。あなたたちは明日も明後日もその先もずーっと同じ生活。私ってば勝ち組?
なんて事を思い、可笑しかった。
人の川は殆ど同じ方向へとむいていた。行き着く先は駅。私もここの駅を利用するのは明日で最後だ。

「亮子?」
男の声が聞こえた。
パッと振り向く。
「っ!」
白い歯。ぼさぼさの頭。わずかな無精髭。
「啓介?啓介ね!」
「よっ!久しぶり」と軽く手を上げる。
「何、あんたサラリーマンやってんの?」
「おうよ。バリバリの営業マンだぜぇ〜」
ふざけた声を出す。あの頃とちっとも変わっていなかった。
「で、私に振られたあんたが私に何の用かしら?」
「うあ、ひでぇ。傷付いちゃったなぁ」
二人は同時に笑い声を上げた。
「ほんっと変わってないわね」
「おまえもなー」
「あら、私は明日、変わるのよ」
「明日?何かあるのか?」
「えぇ。私ね」

そこまで言って遮られた。

「誕生日かっ!」
「あ・・」

言われてから気付いたが、明日は私の誕生日だった。
「よっしゃあ!俺が何かプレゼントしちゃる。何が欲しい?」
「あぁ・・家?」
思いつきで言っていた。
「ったく、たいした女だよお前は」
「そう?」
「よっし。買ってやる」
自信げに答える啓介。
「おもちゃの家なんてもらっても嬉しくないなぁ」
「バカヤロ。ただし、条件があるぜ」
「な・・何よ」
「俺もそこに住む。一緒にな。俺ぁ、まだお前のこと諦めたわけじゃないかんな」

迂闊にもときめいた。いや、本当の所は迂闊でも何でもなかった。
高校のときに啓介を振ったのは、彼が嫌いだったとかじゃない。小学生の頃から仲良しで、照れくさかっただけなのだ。
今の私ならきっともっと素直になれる。そう思った。

「O.K.んじゃ、こっちからも条件ね」
「ええー。不老不死の妙薬とか無しだぜ」
「何言ってんのよ馬鹿」
「まぁ良いや。何でもどんとこい!」

「辞表の書き方教えて」


★・。・。☆ 後書き? ★・。・。☆
殆ど会話だけの予感。でもこういう感じの方が書きやすいなぁ。

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 20. モノクロ


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 21. Cry for the moon. 

「死んじまえ糞じじい!」

そう言って家を出たのは18の頃。
両親は早くに亡くなり、祖父と二人だけの生活だった。

音楽に情熱を注いだ俺は祖父とぶつかった。
音楽そのものにケチをつけられたのではなかった。他の事へ目を向けられない事が気に喰わなかったらしい。今ではよくわかる。
俺は天才なんかじゃない。だから、そればっかりやっていては伸びるものも伸びない。祖父はその事を知っていたのだ。

職を転々としながら、25歳の時に楓香とであった。すぐにお互い惹かれあった。
同棲を初めて二年。結婚を申し込んだ。楓香はにっこりと笑ってくれた。
式は挙げなかった。ただ、楓香は一つだけ俺に頼んだ。
「お爺さんに会いに行こ?」

祖父の家・・もう、俺の家ではない。
そこは俺が出て行った日とまるで変わっていなかった。
周囲には見たことの無い建物が立ち並び、風景が変わっているにも関わらず、その家だけは時が止まったかのようにひっそりと、堂々と佇んでいた。

俺が最後に見た祖父の顔。その顔にまた深い人生が刻まれていた。
玄関で俺たちを見据えるとその皺を更に増やしながらニヤリと笑った。
「キレイな嫁さん見つけやがったな」
朝、家を出て、夕方、お土産を持って帰ってきた。まるでそんな感じだった。
祖父は自分からは何も聞かなかった。
そして当たり前のように3人で暮らし始めた。

今は高校のときの先輩の元でバイクを作っている。あまり良い稼ぎとはいえないが、何とかやっていける。

電話の向こうで楓香が泣いていた。
祖父が倒れた。病院からだった。

病室の祖父は意識はあったものの、もうだめだとすぐにわかった。
楓香が泣いていた。
俺は泣かなかった。
近付くと祖父は震える手で俺の手と顔を触った。しわくちゃの手はほんのりと暖かかった。
祖父はあの時計を持ってくるようにと俺に頼んだ。
祖父が生まれた時にもらってきた大きな時計だった。
祖父と共に生きたノッポの時計だった。

俺は急ぎ、その時計を取りに帰った。

病院へ戻る途中、時計が鳴った。ちょうど深夜を知らせる鐘だった。


時計は動かなくなった。

針が月光を反射し、一筋の光となり、ポツリと時計を濡らした。



★・。・。☆ 後書き? ★・。・。☆
「大きな古時計」より。
時計と共に天国へ上るおじいさん。
何故、この歌を聞くと目が潤んでくるのかがまだ解らない。
悲しい涙か、嬉しい涙か。言葉で表せない感情。
もっと成長してからもう一度書きたいな・・。

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 22. ふたり

「ほら」
「え?」
「あげる。消しゴム無いんでしょ?」
「あ・・ありがと・・」

近藤千佳は礼を言うと恥ずかしそうにうつむいた。
私は別に、彼女に優しくしてやろうとか、そういう気持ちは無い。困っているのをたまたま見かけて、たまたま消しゴムを二つ持っていたからそれをあげたまでだ。ちょうど今朝、新しい消しゴムを買っていただけ。

そうでも無ければ、彼女に優しくするものはこのクラスに居ない。

そう、彼女はクラス中から相手にされていなかった。私はその理由を知らない。恐らく、確固たる理由は無いだろう。
ただ、おとなしいだけ。
私も何となく、流されるままに、彼女を避けていた。目に見えぬいじめ。それが静かに凄惨であることに気づいている者は居なかった。


昼休み。

彼女の方から声をかけてきた。
「あの・・山口さん・・。一緒に良い?」
可愛らしい小さなお弁当箱を持って目を泳がせている。
「ん。別に構わないよ」
近藤千佳はぎこちなく微笑んだ。彼女が誰かに話し掛けているのを見た事は無い。まさか自分に話し掛けてくるとも思っていなかったが。

視線に気付いた。

山口紗枝が、あの近藤千佳と喋っている。その事実が教室中に違和感を与えた。居心地が悪い。
「ね。付いてきて」
私は自分の弁当を持ってつかつかと教室を出た。彼女も逃げるようにしてついてくる。

「あの・・」
「大丈夫。こんな所誰も来ないから」

本来そこの扉は閉められているべきなのだが、カギが壊れていていとも簡単に開く。私は休み時間など、時々ここへ来るのだ。
屋上には誰も居らず、澄んだ青だけが広がっていた。
屋上には上がってはならないことになっている。実際、一月前まではきっちりとカギがかかっていたし、教師もこんな所まで見回らない。
一月前、特に期待もせずに扉に手をかけると錆びたカギは容易くバラバラになった。少なくとも、他の誰かが発見するまでは私だけの場所になった。

空が好きだった。
ロマンチストなわけではない。ただ、流れる雲をぼんやり眺めたり、雲間から降りる陽のカーテンを目を細めながら見上げるのが好きだった。

私だけの場所。そのはずだった。何故よりにもよって、この子をここに連れて来たのだろう?

ポンプから伸びているパイプがちょうど机と椅子のような高さにある。放課後ここで本を読んだりもするのだ。
私はハンカチを広げてそこに座った。彼女も私の真似をして同じように座る。

「山口さん」
「ん?」
私は素早く弁当を広げ、既に卵焼きをくわえている状態だった。
「ありがと・・」
「んん・・??何が?」
「こういうの初めてで・・あの・・」

彼女が誰かと喋っていることすら見たことが無いのだ。彼女はいつも独りだった。私自身、彼女に孤独を与えている者の一人である。
「ごめんね・・誘ったりして・・・」
私の事を案じているのか、なぜか彼女は謝った。
謝らなきゃいけないのは私なのに。

二人はそれ以上言葉を交わさずに食事を終えた。




「ちょっと紗枝!」
放課後。顔を上げると美咲の顔があった。ずいっと顔を近づけてくる。

「なんで近藤さんなんかと仲良くしてんのよ」

自分でも分からないのだ。答えようが無かった。美咲は更に顔を近づける。
「あんたも皆からシカトされちゃうよ?相手しちゃダメだって」

中学一年。皆、そういう事には敏感だった。

避けたかった。彼女と同じ状況に立たされる自分を想像するのが怖かった。
「う・・ん・・・」
小さくうなづいた。

私は醜い。どうすれば良いのか分らなかった。




翌日の昼休み。近藤千佳はまた私を誘った。横目で美咲を見やると彼女は首を小さく横に振りながら私を見ていた。
「ごめん。今日は一人になりたいんだ」
そう言って私はそそくさと教室を出、また屋上へと向った。さすがに、彼女を断って別の子と食事をする気にはなれなかった。

弁当を食べ終え、ぼんやりと空を見上げていた。そこへギギッと金属の軋む音が聞こえた。振り返ると近藤千佳が扉を開けていた。

「あ、あの、ごめん」
「何?」

私は努めてぶっきらぼうな反応をした。

「これ・・もらってほしいの」
そう言って彼女はスカートのポケットから小さなペンダントを取り出した。少し嬉しかったが、すぐに頭の中に美咲の顔がよぎった。
受け取っちゃいけない。
「ごめん。受け取れない」
「あ・・あの、でも・・」
すぐに去りたかった。私は扉へと向った。
「山口さん」
出ようとしたところで彼女が手を伸ばしてきた。

殆ど反射的に、その手を払いのけた。直後にカシャンと乾いた音が聞こえた。

「あっ・・」
彼女はすぐにしゃがみこみ、それを拾う。
「ちょっと欠けちゃった・・・ダメだなあ・・もっと頑丈じゃないと・・」
私は言葉を発せなかった。

「ごめんね」
彼女は哀しげに微笑みながら私に言った。

私はその場を逃げ出した。



翌日、彼女は学校を休んだ。
私のせいだ。後ろめたかった。



その翌日も彼女の席は空っぽだった。
朝、数学の女教師が教室へ入ってきてこう言った。
「担任の山内先生はお休みなので、今日は私が臨時でホームルームしますねぇ」
嫌な予感がよぎった。美咲が少し心配そうにこちらを見ていた。

その日の授業はずっと上の空だった。

休み時間、男子グループの会話が断片的に聞こえた。
「山内、何で休んでんだ?俺にも休ませろって」
「近藤なんか二日連続。いいよなぁ。どうせサボりだろ?」
「いじめを苦に自殺したかもね」
「ぇー。だったらさ、このクラスの全員容疑者じゃん?」
笑い声。

私はなぜかその男子の方へ向っていた。
「紗枝?」
後ろで美咲の声が聞こえたような気がしたが、無視した。

椅子に座って肘をついている高山の前に立つ。
「あぁ?」
高山は面倒臭そうに私を見上げる。
パンッ!
高山の左頬を思い切りひっぱたいていた。
「二度と・・」
声が上ずっていた。自分が泣いている事に気付き、何を言おうとしたのか分らなくなった。ぽたぽたと落ちる涙が机を濡らした。自分の行動が全く意味不明だった。
だが、高山は何か汲み取ったかのように「悪かったよ」と目をそらしながら言った。
私はわけもわからず走って教室を出て、そのまま校門をも抜けてしまった。


いつも通る公園のベンチに一人の女性が座っていた。見覚えがあった。
「あの・・近藤さんのお母さんですか?」
「はい。千佳のお友達?」
それには答えなかった。
「あの、近藤さん、どうかしたんですか?」
女性は優しそうな笑みを浮かべた。笑窪が近藤千佳とそっくりだった。
「あの子ね・・・死んだわ」
「・・・っ!」

信じられない答えが返ってきた。今しがた高山たちが冗談めかしていった事が突きつけられた。
「そんな・・自殺・・」
無意識に声が出ていた。
「あら。あの子はそんな弱い子じゃありませんよ」
母親は遠くを見ながらゆっくりと言う。
「学校に行きたくないって言うのは知ってました。でもね、千佳は自殺なんてしませんよ。交通事故なんです」

抑揚の無い声には不思議と悲しさが感じられなかった。

「これでよかったんです」
「え・・」
「あの子はね、どの道、あと半月の命だったんですよ。そうは見えないでしょう?」
くすくすと笑う。開き直っているかのようにも見えた。

「命の期限を知ってから、千佳はどんどん暗くなっていったわ。でもね、事故のあった日は違ったの。今まで見たことの無い、一番の笑顔を見せてくれたのよ。ほら、これ」
そう言いながらバッグを開けると中から貝殻のペンダントを取り出した。
「千佳ね、手先だけは器用だったの。簡単に壊れないようにって自分でこのペンダント作ってね。お友達にあげるんだって笑いながら言うのよ」
母親の目が少し潤んだような気がした。
「あの子はね、一番幸せな瞬間に往くことが出来たのよ。きっと」

私はわっと声をあげて抱きついた。がむしゃらに泣いた。
「私・・私なんです・・ごめんなさいごめんなさい」
大声をあげて泣いた。近藤千佳の母は私の髪をそっと撫でる。
「そう。あなただったの。どうもありがとう」
「違うの・・違う!私はちが・・最低なんです。ごめんなさい」
「いいの。あなたはあの子の一番のしあわせ。本当に・・ありがとう」

ひとしきり泣くとゆっくりと離れる。
「汚しちゃった・・ごめんなさい」
「いいのよ。それより、ね?」
私の手を開かせると、さっきのペンダントを握らせた。
「あの・・」
「お願い、もらってあげて?」
私はまた泣いた。涙をぼろぼろと溢しながら「はい」とうなづいた。


★・。・。☆ 後書き? ★・。・。☆
紗枝は今後、このペンダントを御守りのように大事にします。しかし、それでは彼女は成長できない。彼女の時間は止まったまま。弱い人間のまま。
過去との決別、忘れる事が必ずしも良い訳ではない。だが、千佳はそんな束縛を望んでいるわけではない。紗枝はいずれそのペンダントを手放す事で、大きくなるのだ・・と、思う。
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 23. 永遠


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 24. 3K


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 25. 棘(とげ)

 ねえ。私の事、好き?
 (ん。好きだよ)
 本当?本当に本当?
 (何だよ。どうしたんだよ)
 私の事、愛してる?
 (おう)
 ねえ、ちゃんと言ってよ
 (ばっ、信用ねえな)
 ね。愛してる?
 (あぁ、うん)
 だめ。ちゃんと言ってったら
 (そりゃお前・・・そのだな・・・・)
 愛してないんだ
 (あ、愛してるよ)
 本当?
 (男はそういう事言わねーの)
 私はちゃんと聞きたいんだもん。じゃあ、どれくらい好き?どれくらい愛してる?
 (お前、今日変だぞ。どうしたんだよ)
 いいから。教えてよ
 (そう言われてもだなぁ)
 じゃあ、仕事と私、どっちが大事?
 (あぁ?そういう質問が嫌がられるって知っててやってるだろ)
 知ってるよ。別に試してるとかいうつもりじゃないんだけど、やっぱり聞きたくなるのよ。友だちと私のどっちが大事?とかね
 (比較対象にならねーんだよ。地球と宇宙のどっちが大事かってのと同じだ。どっちも無きゃ困る)
 うーん。じゃあ、私は地球?それとも宇宙?
 (うえ。また難しいなおい。重要度から言えば宇宙・・かなぁ。つーかその例えよく分からんわ。俺が間違ってた。んなこと言って、お前は俺をどうなんだよ)
 どうって?
 (俺の事をその、どれだけ、あー、好きっつーか・・・)
 あなたは私の全てよ。
 (そ、そう・・・)
 じゃあさ、私が皆にいじめられてたら、助けてくれる?
 (そりゃあな)
 私が悪い事していじめられても?
 (何だよ悪いことって・・)
 例えば・・・浮気・・・・は絶対出来ないなぁ。えーっと。誰かの給食費を盗んだとか
 (小学生かよ。お前に落ち度があっていじめられてるってんなら・・・そうだなぁ。いじめは止めに入るな。代わりに俺がお前を説教する)
 そっか。じゃあ、人殺しは?私が人を殺しても、私を信じてくれる?
 (はぁ?んだよそれ。つーかその状況で信じるって何だよ)
 んー。私もよくわかんないけど。私の味方になってくれる?
 (味方って言うのかなぁ。少なくとも俺は殺人を容認する気は更々無いけど)
 じゃあ、私のこと軽蔑する?馬鹿な女と付き合ったんだって後悔する?
 (想像できねーよ)
 想像するの
 (あー。わかんねーけど、ボコボコにするんじゃねーかな。無条件に庇いだてはできんわな。引捕まえて、ガミガミと説教たれて、そんでもってオシリペンペン100連打だな)
 オシリペンペンなんてされた事無いなぁ。恥ずかしいし。それって、憎しみ込めて殴る?
 (馬ー鹿。愛の鞭だよ、愛の鞭。つっても、お前が殺したってことが100%確定してる場合、だけどな)
 100%じゃない場合は?
 (そりゃあ無罪を主張するだろうな)
 あは。嬉しいな。私って信じてもらってるんじゃん
 (信じるってそういうもん?)
 そうだよ。確定してないのに決め付けられるのはきっと疑われてるからだし、逆に100%確定してるのに無実だって言い張るのは信じてるんじゃなくてただの馬鹿だよ。そんな事されても嬉しくない。ちゃんと叩いて叱ってくれた方が愛されてる気がするもん。痛いのいやだけど
 (そっか)
 じゃあさ、私の為に死ねる?
 (お、来たねぇ。来ると思った)
 どう?
 (お前はどうなんだよ)
 あたしは死ねるよ。てゆーか死ぬよ。私は地球で、あなたは宇宙だもん。宇宙がなくなったら地球は消えるんだよ。
 (だからその例えスケールでかくて分かりにくいって)
 ねえ、どう?
 (んー。多分死ねるんじゃないか・・・んー。わかんねーな)
 えー。多分なんだ。
 (だっておまえ、死ぬとか生きるとか考えたことないしな)
 海で遭難して、ボートみたいなのに2人で乗ってるんだけど、どっちかが飛び込まないと二人とも沈んで死ぬって言う状況なら?
 (それスゲーむずいぞ。俺が飛び込むのはそりゃ簡単だけど、でもお前、そんなことされたらやっぱり死ぬんだよな?そもそもお前が一人で遭難を乗り切れるとも思えないけど・・かと言って2人一緒に死ぬってのは美談は美談だけど、それも何かなぁ)
 偉い偉い。少なくとも私を蹴飛ばさないんだよね
 (んなことする奴がどこにいるんだよ。全然知らんおっさんでも躊躇するわ)
 あは、そっか。そういう人だよね。
 (俺は超やさしいからなっ)
 私と、知らない子供の2人が人質に取られて、どっちかを助けてどっちかを殺すって言われたら?
 (つーか、その質問意味あるのか?ボートにしたって何にしたって、俺は今の状況からかんがみて一番俺らしい・・・一番カッコイイのはどれだ?って感じで選択してるのであってだな、実際に直面したらわかんねーぞ?子供を助けておまえといっしょに死ぬか、お前を助けて子供を見殺しにするか、両方助ける為に特攻するか、もしかしたら何も見ずに逃げるかもしれない。ボートにしたって、寝たふりしてお前が自殺するか俺を蹴り飛ばすかするのを待つかも知れないぞ)
 意味はあるよ。その時になってどうするかなんて、どうでもいいの。あなたが今、私を愛してくれているかが重要なのよ。
 (だから、言ってるじゃん)
 何を?
 (その、愛してるって)
 私が世界中を敵に回しても、私の事、信じてくれる?今すぐに。具体的に何をしたとか関係なしに。信じてくれる?叱ってくれる?一緒にいてくれる?
 (おう。それは保証するわ。多分)
 嬉しい。あなたのそういう所、大好きだけど、大嫌いだわ
 (ええええーっ!ひっでーな)
 私ね。怖いんだ
 (何が?)
 私、ずっと一人だった。でも、それはただ、一人だっただけなの。一人なんだけど、孤独じゃないの。別にね、病院生活がけっこう周りに人がいて淋しくないとかじゃなくて。って、私がいたところは先生くらいしか顔合わせる人がいなかったから、紛れもなく一人だったんだけど。
 (はあ)
 淋しいとかね、そういう感情がなかったの。それが当たり前だったから。だから孤独じゃないし、可哀想でもなかったのよ。私は私なりに、動けない生活が幸せだったから、同情の目とかで見られてもね、その意味が分からないくらいだったの。
 (知らぬが仏ってやつか)
 そうそう、そんな感じ。それなのにね。あなたの愛が私を孤独にしたの。知らなくて良いものまでいっぱい知ってしまったわ。
 (おいおい、愛されるのは嬉しいんじゃないのかよ)
 嬉しいわ。私今、とっても幸せだもん。でもやっぱりあなたは私を孤独にしたし、あなたの優しさが私のムカシを殺したの。あなたと逢うまでの私は確かに一人だったけど、孤独じゃなかったの。でも今の私はあなたを失ったら孤独になるわ
 (失わねーよ)
 そいういう所。凄く嬉しいの・・・泣いちゃいそうよ。だから・・・大嫌いよ
 (いよいよ分かんねーな。別れ話しようってんじゃねーだろうな。少なくとも今の俺はお前が逃げても追いかけるぞ。みっともないかも知らんが、追いかけるぞ)
 うん・・・うん・・・・ありがとう・・・・ごめんね。面倒くさいよね。重いよね。
 (ちょ、泣くこたぁねーだろ。つーかそういう事を言うなっての)
 嬉しいんだもん・・・でも、でも、あなたのせいで気付いたのよ。私が孤独なんだって。私は淋しい女なんだって。私は可哀想なんだって。そんなの嫌なの。そんな風になりたくないの。怖いのよ
 (させねーっつってんの)
 でも私、心のどこかであなたを疑ってるわ。あなたが私にくれる愛と信用ほどのものを、私はあなたにあげられていないの
 (別にそうは思わないけどなぁ)
 言ったでしょ?怖いのよ。いつか私はあなたに愛されなくなって、信用されなくなって、一緒にいてもらえなくなるんじゃないかって。思い出にすら無かったはずの孤独と淋しさに押しつぶされるんじゃないかって。
 (そう言われてもなぁ)
 私、やっぱりあなたを試してる・・・・ううん。これからかもしれない。
 (んー。ま、それで気が済むんなら存分に矢って良いけどさ。あ、でもいきなり会社に乗り込んできて「辞表出さないと死んでやる!」とか脈絡のないのはやめてくれよ)
 あは、それいただきー
 (オイ)









 (・・・だ・・・・かだ・・・・・ろって・・・お・・・・・たか・・・・)


 「高田!起きろつってんだろうが!!」

 「ぶひぇい!」
 「なんちゅー起き方だよそりゃ。まぁ良いや。明日にはマジ本番だぞ。気抜くんじゃねーぞ」

 13年も前のある日の夢だった。幸せの日の、一字一句が鮮明に思い起こされる。幸せの最後の日だった・・・。
 あの日の日本は・・・世界は、まだまだ平和だった。あらゆる戦争が、あらゆる環境破壊が、あらゆるエネルギー枯渇が、あらゆる貧困が、あらゆる思想が、取るに足らないものだった。
 しかしこの13年、世界は変わってしまった。空は暗く覆われ、マスクもせずに皮膚を晒して外を歩こうものなら1分以内に肺が焼け、皮膚はただれて臓器を吐き出し、目は真っ赤に充血・膨張して頭の血管を破裂させて死にいたる。雨になど打たれようものならたちまち全身が溶かされ、5分と持たずにドロドロのゲルと化してしまうのだ。
 人々は絶望していた。

 「俺たちが世界を変えるんだぜ・・・」
 顎鬚の男が朝の暗闇をちらりと見やり、無機質に呟いた。
 「変えるか・・・。変わるってのは、つまりどういう事なんだろうな?」
 「そりゃおめぇ・・・知るかよ。わかんねーけどよ、少なくともあの日、あの瞬間から世界は変わったんだと思うぜ。それを俺たちが、元に戻すんだ。そうだな。変えるんじゃない。戻すんだ」
 顎鬚の男は自分を言い聞かせるように、出来うる限りの希望を持ってそう応えた。しかし高田は満足がいかなかった。昔の、すべてが壊れる前のあの日の幸せが戻ってくることなどありえようか。それ以前に、地球を支配している『魔帝』を打ち滅ぼすことが人間にできようものなのか・・・・。
 「よう、お前、本当に何とかできると思ってるか?」
 「知るかよ。でも、何もしなくたって俺たちは殺される運命なんだ。殺されるも何も、こんな環境でまともに生きていけって方がソモソモ無理だけどさ・・・でも、黙って殺されたりのたれ死ぬくらいなら噛み付いてやろうってのが男ってもんだろう。そんなバカが2万人。これで駄目ならもう何やったって駄目さ。まずはあの魔帝を血祭りにあげて、それから地球を何とかするんだ。お、そうそう、お前、婚約者居たんだろ?」
 「ん。ああ、13年間ずっと会えてないけど、元気らしいな。そうだな、この戦争が終わったら結婚するん・・・・・って、こういうセリフ吐く奴って真っ先に死ぬんじゃね?」
 「ぶはっ」

 魔帝・・・たった1人の人間の行動によって、30億の人間が死に絶え、地球そのものも深い傷を負った。今も間接的に、或いは直接的にあらゆる命が奪われている。魔帝につき従うものも多数現れたが、魔帝に対して媚を売ろうとする者は直ちに処刑された。魔帝はあらゆる人間、或いは組織を利用したが、しかし自らに取り入ろうとする者は許さなかったのだ。魔帝に対して銃口を向けるようなものだけを部下に引き入れた。
 魔帝は言う。偽りの仲間など不要、利用できるものは真正面から利用すれば良いのだ、と。魔帝を利用するのなら言葉巧みに近づくのではなく、爆弾をちらつかせながら平然と「お前を利用する」と宣言すれば良いのだ。
 魔帝はあらゆる偽りを憎んだ。あらゆる建前を憎んだ。愛と正義、友情に信頼・・・それらを口にする者、行動する者、或いは魔帝に賛同する全ての者を皆殺しにしてきた。やがて世界は黒い空と恐怖と絶望に包まれた。

 「しっかしすげぇよな。13年か?一人でここまでやれるもんかね・・・。国を持ってるわけでも、仲間がいるわけでもない一人の人間が、地球全部を相手に喧嘩しかけるってどうなってんだ。俺が同じ事やったら数分で蜂の巣にされてると思うんだが」
 「数秒だろ。ま、あいつは臆病なだけだよ。他人が怖いんだ。だから全部拒絶しやがった。バカなんだよ。暗殺されないのが何故なのかよく分からんが」
 「ふ・・・ん。そういうもんか?英雄がトチ狂ったらああなるんだろうなって感じなんだが。暗殺しようと思って近づいた奴らも、魔帝に感化されてそんな考え捨てちまうとかさ」
 「馬ー鹿。英雄であってたまるか。英雄は俺たちだ。魔帝はただの馬鹿な迷子なんだよ。俺たちがそれを証明するんだ」
 「へへ。俺らが英雄か。そうだな、地球を救うんだからな。覇者ってのは確かにスゲーけど、それを打ち破る英雄はもっとスゲーよな。つっても2万人もいたんじゃ俺らはただの雑兵扱いって気もするが。でもま、魔帝の腕の一本でもへし折ってやらあ」
 「そうだな・・・引捕まえて、ガミガミと説教たれて、そんでもってオシリペンペン100連打してやらなきゃな・・・」
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 26. パンドラ

やっと回復したか・・。あーん゛んっ。聞こえるかね?諸君。
なんて、そっちの声は聞こえないんだが。

まずはこちらの状況だが・・。最悪と言って差し支えないだろう。すい星は依然、地球めがけてまっしぐらだし、俺以外のクルーは全員死亡。宇宙のもず・・・んん??・・もくずだ。
ちなみに、やつらはみんな栄誉ある死だったと思う。誰か一人でも命を惜しんでいたらこの艦はばらばらになってたし、俺を含む全員がもだえ苦しんで死んでただろうな。

で。

この艦も辛うじて飛んでるし、俺も何とか生きてはいるんだが、もう燃料がない。地球に戻れるかどうか微妙な所だ。まぁ、地球に戻ったところで、お前らとともにすい星ドッカンでどっちにしろ死ぬわけだが。

ところで、艦には燃料はあまり残ってないが、核弾頭なんかは無事だ。
そう、俺がこの艦の進路をすい星に向ければ、地球にぶつかる前に阻止できるかもしれない。

わかるか?

聞こえているか?地上の人間どもよ。

貴様らが死ぬも生きるも、この俺のさじ加減1つなわけだ。

今、貴様らの中で、俺に自爆しろと望んだ人間が何億人いるだろうなぁ?

そりゃそうだ。ごもっともだ。俺がボーっとしてれば貴様らも俺も終わりだが、俺が自爆すれば俺は死んでも貴様らは助かるからな。まっ、正しい判断だと思うよ。

だが、非常に残念な事に、まことにイカンながら、この俺は貴様ら人間どもが大大大っっっ嫌いだ。

だってそうだろ?貴様らみたいに、てめぇの命のためなら他人の命がどうなろうと「感謝します」の戯言1つで済まそうとする生き物を好きになれるはずがない。
なぁ?今、「さっさと自爆しろやボケが」と思った奴が何十億人いるよ?あぁ?図星か?どうよ?

ヶヶヶ。てめぇらみたいなゴミども、誰が助けるかっての。

この艦にある燃料、節約して使えば40時間は持つ。地球が粉々になるのを、貴様らが死滅するのを、ここから傍観する事は出来る。
わかるか?俺がこの世で最後の人間になれるわけだ。逆アダムだよ。
でっかい花火を眺めながらよ、一人で宇宙をさまようわけよ。もしかしたら、不憫に思った神サマが助けてくれるかもなぁ。
と、そんなもんは望んでねぇ。
俺の望みは1つ、貴様らゴミども全部の死だ。

くくっ。あー、すっげぇ気分良いぜ。今の俺ってアレじゃねえ?恐怖の大王っぽくねぇ?

一つ残念なのは、恐怖に歪んだ貴様らの間抜け面が拝めない事だな。

今、どんな気持ちなんだ?もう、貴様らは何も出来ねぇ。みんな仲良くくたばるのをただ指をくわえて待ってるだけよ。なぁ、良いじゃねぇか。家族とよ、愛し合う人間とよ、友とよ、敵とよ、みーんな一緒だ。

貴様らがとことんまでいじめ抜いた地球とよ、さんざん惨殺してきた自然とよ、みんな一緒になれるんだぜ。
すげえじゃん。
きっとすげぇ幸せな感じになれると思うぜ。すっげぇキモチイイだろうなぁ?

俺はゴメンだけどな。プッ。

どうせ人間なんて生き延びたってさ、憎みあって、殺しあうんだろ?だったらいっそのこと、星ごと消える方が何も考えなくて良い分、楽だって。

だから・・・よ・・・・。

ぐぅ・・・あぁ・・クソっ・・・。だか・・・ら、こん・・こんな星は・・無く・・・・無く・・無くなっちまえ・・・ば、良いは・・ず、なのに・・・クソっ。
俺は、貴様らなん・・・か、大っ嫌・・い、だ。あ゛ぁウゼェ・・・何だよこれよぉ・・・。
あぁ・・この俺が・・よぉ・・・・クソっ。何・・・なんだよ・・・。
何で・・なんでこんな汚ねぇ生き物に蹂躙されてる地球がよぉ・・・なん・・で、なんで、こんなにクソ綺麗なんだ?
クソっ。答えろよ人間ども。てめぇら、何でも出来るんじゃなかったのかよ?なぁ?
あんだけ自然破壊して・・・あんだけ戦争して・・なんで・・・なんでこの星はこんなにクソ綺麗なんだよぉ。

地球は青かったとか、誰かほざいてやがったよなぁ。すげ・・すげぇよ、マジですげぇよ。
てめぇらもよぉ、見た事あるか?これ。
てめぇらみてぇなどうしようも無いクソガキどもかかえてよぉ、てめぇらにどれだけいじめられてもよぉ、このやろうは・・マジすげぇんだぜ。

この暗闇の中でさ、てめぇの力では光る事も出来ねぇくせにさ、懸命に生きてやがるんだぜ。まん丸な水滴みたいでさ、まるで涙みたいでさ、クソ弱そうなのにな・・・。
てめぇら人間どもの血でどんなに汚されても、自分の色を失わねぇんだぜ・・。
太陽の周りを兄弟と一緒に、でも一人ぼっちで周っててよ、親にも兄弟にも逢えないこと分かってて、それでも諦めねぇんだぜ・・。

こいつはよぉ、この地球って奴はよぉ・・・。一人ぼっちで頑張ってるのによぉ・・。

昔、災いの詰められた箱を開けた馬鹿な女がいたよな。箱から出てきたのがてめぇら人間どもでさ、俺だって偉そうなこと言ってるけど、お前らと同じでさ。箱の中に取り残された希望なんて出てきやしねぇ。

でも・・でもな。


今、こいつを守れんのは俺だけなんだよ・・。

こいつにとっての希望は俺だけなんだよ・・。


てめぇら人間どもは大嫌いだけどよ・・惚れた女を助ける為だったら俺だって命くらい投げ出すぜ。てめぇらの為に死ぬなんざ死んでもゴメンだけど、こいつの為だったら何だってできそうな気がする。
ちょっと気取った言い方かもしんねぇけど・・本気でそう思う。

だからよ、頼むよ・・・。なぁ。
もう、こいつをいじめないでやってくれよ。てめぇらがこいつの希望になってやってくれよ。

絶対だぞ・・。こいつをいじめたら、こいつの色を汚したら、絶対ゆるさねぇからな・・。

じゃぁ・・俺はあのすい星を止めてくるからよ・・。
じゃぁ・・もう、電力も全部推進力に使うから、回線切るぜ・・。後は頼むからな・・。

バイバイ───────────。

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 27. 迷い子


「ありがとう・・・でも・・ごめん」

 言うんじゃなかった。武岡先輩の声が頭の中でぐるぐると回っている。

「好きな人がいるんだ・・・気持ちは嬉しいけど・・」
「あっ、いえ、そんな、気にしないで下さい。良いんです。すいませんでした。じゃあ、あの、応援してますから」

 先輩に想われるだなんて罪な女もいるもんだと内心思った。





「ねぇ公佳ぁ・・・武岡先輩、好きな人いるんだってさ・・・」
 そう言われた公佳はしばらく口を開けたまま美咲を見やった。

「ぇ・・・・それって・・・」
「うん。ふられちゃった」

 明るく振舞うつもりだったのに、声が震えていた。

「そう・・・・残念だったね・・・・」
 公佳は消え入るような声でそう言うと目をそらした。見ると公佳の方が泣きそうな顔をしている。
「ちょっ、ちょっとそんな顔しないでよ。慰めてくれても良いじゃん」
「う、うん。そうだね。ヤケ食いなら付き合うよ」
「よーし、太るか!」
 本当は食欲などないのだが、ひとりでウジウジしても沈んでいくだけだろう。

「そういえば冬休みは部活?」
 と言っても明日から冬休みである。帰宅部という素晴らしくも過酷でスポーティな部活動に、毎日欠かさず打ち込んでいる美咲にとってはハッピーこの上ない期間の一つである。いつものようにクリスマスとお正月を家族と過ごし、いつもより自己顕示欲に欠ける宿題とかいうやつに打ちのめされるというパターンが目に見えているが、まぁ、この際どうでもいい。いいのか?

「ん。今日、予定決めるんだけど・・あんまりやらないんじゃないかな?」
「そっか。じゃぁ、明日の夜にでも電話するね」
「うん」

 すっかりその存在を忘れていた通知表なる物を戴き、ひとりで帰ろうとすると校門のあたりで見慣れたぼさぼさ頭を見つけた。
「マサル!」
 背後から声をかけると呼ばれた当人は一瞬ビクっと肩をすくめて振り返った。
「お、おう」
「あんたは部活無いの?」
 高山勝とは小学校時代からの腐れ縁である。デリカシーは無いが悪いやつではない。そんなマサルにほのかな恋心を抱いているのが公佳だったりする。美咲としては何とか二人をくっつけてやろうとか考えるのだが、イマイチ上手くいかない。

「ん。明日は朝から練習」
「そか。じゃあ今日は一緒に帰ろうか」

 一瞬間があって。

「え・・・あっ・・と・・・・悪い。ちょっと用事あるから・・」
 何が悪いのかは知らないが、なにやら歯切れが悪い。が、マサルごときに関わっていても仕方ないので「あ、そう」とだけ言って美咲はそそくさと帰宅した。

 何事もなくご飯を済ませた。

 何事もなくお風呂に入った。目から何か出てた。

 何事もなくベッドにもぐりこんだ。寝付けないのも、枕が濡れているのもきっと気のせいだ。



 翌日、いつもは年明けまで放ったらかしの宿題をやろうと思い立った。何かしてないと自分自身が崩れ去っていく感じがする。鏡を見ると、目の下が少しむくんでいる。「涙は女の勲章よ!」と、聞いた事があるような無いようなセリフを心で唱える。
 母に「ちょっと図書館行ってくるね」と告げて家を出た。



 途中、マサルと出くわした。美咲に気付いたマサルは一瞬ビクっと肩を跳ねさせた。
「マサル!何?どこ行くの?部活は?」
 私服であることから、部活をサボってるのは一目瞭然だ。
「ベ・・・別にどこでも良いだろ・・」
「ん。まぁ、そうだけど・・」
「じゃあな」
 振り返り、今来た道を戻ろうとするマサル。
「ちょっと待ちなさいよ!」
 またしてもビクリとする。どうも挙動不審だ。
「あんた、昨日からなんか変よ?」
「ベ・・別に変じゃねぇよ・・・」
 と言ってる様子が「変だから心配してください」と言ってるようにしか見えない。
「私のこと避けてるでしょ」
「ち・・・違っ・・・」
 慌てるそぶりがまた怪しい。所詮はマサルだが、親友の想い人である。その不自然な言動も多少は気になるというものだ。
「あ、あの・・」
 マサルは美咲の目を見てはそらし、そらしては見た。
「何よ」と、美咲もつい目をそらす。
 ふと、昨日泣いたコトを悟られたのかと思った。
「あ、ひどい顔でしょ。昨日の夜中やってた映画で泣いちゃった上に寝不足でさぁ」
「ごめん」
「ぇ?」

 何を謝られたのかサッパリわからない。避けててごめんだろうか?

「オレ・・・見ちゃったんだ・・。その、お前と武岡さんが・・・その・・・」

 美咲は先輩にふられた事を思い出して悲しくなるのと同時に、関係の無いマサルがギクシャクしてるのが急に可笑しくなった。
「なによぉ。はぁぁ、見られちゃったんだ。カッコ悪いなぁ。あは」
「あぁ・・」
「なぁにぃ?それで私と話すの気まずかったの?別にあんたが気にすることじゃないよ」
 美咲は急に元気になったかのようにニコニコしている。マサルの方がうつむいてしまった。
「慰め方とかそんなの分んねえし、そういうの卑怯くさいし・・・」
「へぇ〜。けっこうナイーブなんだねえ」
 ニヤニヤしながらマサルの顔を覗き込むとプイっと背けられた。

「ん?卑怯って?」

 慰めるのに卑怯も何もあるのだろうか。

「その・・弱ってるところに付け入る感じが・・その・・・」
「はぁ?意味わかんないんだけど」
 脅されるのだろうか?いやいやこの男にそんな度胸(?)は無いことを美咲は知っている。

「その・・・じゃあ、はっきり言うぞ。怒んなよ」
 ぐっと美咲を睨みつける。妙に迫力があり、反論できなかった。

「オレ、お前が好きだ」



 一歩あとずさった。



「なっ・・・何言って」
「だから・・っ・・・しょうがねえだろっ!その・・・す・・・好きになっちまったもんはっ!」
 ぱっと後ろを向いてしまう。



 彼は何を言っているのだろうか。何でよりにもよって私なんだろうか。公佳になんて言えば良いのだろうか。何よこれ。意味がわからない。


「あー、その・・・良いんだ、返事とか。別に・・。お前を困らせたくないし・・・」
「もう…もう遅いわよ!言いたいこと言うだけ言って・・っ!もう困ってるわよ!!」
「・・・・」

 マサルはやはり言うべきではなかったと少し後悔した。だが、今言わなきゃずっと言えない、そんな気がしたのだ。

「バカ!!」
「なっ・・」

 美咲は走り出した。信号にすら目もくれず、そのまま家に飛び込むと母がおっとりと「あら、忘れ物?」と聞いてきた。「何でも無い!」と一喝して2階の自室に入り、ベッドにもぐりこんだ。
 この枕はこの二日でどれだけの涙を吸っただろう。私はこれからどこに向かって進むのだろう?
 布団に包まり、耳を覆うと外の音が聞こえなくなる。
 現実から離れたかった。
 何も考えたくなかった。
 何も考えられなかった。
 わけもわからずまた枕を濡らし、そして少し眠った。


「美咲ー!いつまでもゴロゴロしてないで、ご飯よ!」
 部屋の外から母の声が聞こえた。
「うん・・・すぐ行くから・・」
 美咲がそう言うと母が階段を降りる音が遠ざかっていった。
 ひとまず顔を洗い、夕食にする。当然食欲は無かったが、両親にさとられないように無理してかきこんだ。味も何もわかったものじゃない。

 フラフラと部屋に戻り、ベッドに潜る。帰ってきた時に放り投げた鞄もそのままだ。美咲はエネルギーが切れたロボットのように、また静かに眠った。

 翌朝、机の前に座ってボーっと窓の外を眺めていた。何をするでもなく、ボーっとしていた。朝日の爽やかさにも、小鳥のさえずりにも興味ひかれることは無かった。

「美咲ー。電話ー」
 母の声だ。言うが早いか、部屋の子機が音楽を奏でる。
「あっ・・・」
 相手は公佳であろう。昨日電話するのをすっかり忘れていた。マサルの事はどうしようか?

「もしもし・・」

 返事が無い。

「もしもし?」
「美咲・・・ごめん・・・私・・。私、どうしよう・・・」
 電話の向こうで公佳が泣きそうな声を出している。
「ちょっ、どうしたの?」
「ごめん、ごめんね・・・」
「何何何何?わかんないよ」
 謝らなければいけないのは美咲の方なのに(なのか?)、どうしたというのだろうか。
「昨日・・・ね。武岡先輩に会ったの。それで・・ね。・・・・・・・告白・・・・・されたの」



「ありがとう・・・でも・・ごめん」
「好きな人がいるんだ・・・気持ちは嬉しいけど・・」



 あの時の状景が脳内でリピートされた。

 武岡先輩の言う好きな人とは公佳だったのだ。



「そっ・・か。そうなんだ・・・」

「それ・・・で、私・・・どうしたら良いのか・・・」
 公佳が好きなのはマサルである。



「ねえ、公佳。私も、ね。同じ」
「え?」
「その・・昨日ね。マサルに告られたの」
「へ?」
「だから、その・・・」
「それって・・・何か・・・ねぇ?」



 二組は、四人は、茨の道を、進む。
 好きになる事と、人から好かれること。
 自分の想いと、他人の想い。
 想うこと。想われること。
 迷いながら、ぶつかり合いながら。

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 28. 記憶

「なく・・・・なる?」
酒井誠は耳を疑った。
「はい。原因は判りませんが、現状から見ると恐らくは・・・」
誠は理解できなかった。

頭痛を訴えた律子。二人は最初、何でもないものだと思った。しかし律子は次第に吐き気を覚えたり、時には意識が遠くなったりと状態は普通ではなかった。
入院し、精密検査を繰り返した。
原因は不明。ただ、これから起こる事は予測できた。



「そう。やっぱりね」
律子はそう言って笑った。何となくわかっていたのだろうか。
「律子、俺・・俺っ・・・」
病室のベッドで半身を起こしている律子は、今にも泣き崩れそうな誠を胸に抱いた。
「大丈夫だよ。私、きっと誠のこと忘れないから・・」
無力感だけが誠の全身を支配する。
「泣いちゃ・・駄目・・・だよ。誠ぉ・・・」
律子の涙が零れ落ちるのと同時に、3歳の頃に近所のお兄さんに肩車してもらった思い出が・・・多分、早すぎる初恋の思い出が、ふっと壊れた。



幼稚園の頃のアルバムを見返してみる。どこかでイモを掘っている写真がある。目をくりくりさせた少女3人が嬉しそうにサツマイモを抱えている。私は真ん中の子だ。3人は仲良しグループだった。小学校に入ってからは会ってはいないが、それまではいつも3人一緒だった。
右隣の子はユリちゃん。顔に泥がはねているのを見ればわかる通り、3人の中でも一番活発な子だ。
左隣の子。
名前が出てこなかった。
性格もわからなかった。
目をつぶると、写真のその部分だけがぽっかりと穴になった。

園長先生を覚えている。
一番仲の良かった先生の性別がわからなかった。

「私・・どこの幼稚園行ってたんだっけ」

誠が強く抱きしめてくれた。律子は反射的に誠を抱きしめた。頼もしいはずの誠の身体は小刻みに震えていた。



小学校4年生の写真。手作りのドレスを着たジュリエットが映っている。学芸会の出し物で恋愛沙汰の芝居をするというのは、男子にかなり不評だった。女子にも好評というわけではなかった。
でも、私は学級委員という権力を行使してでもどうしてもこの話をやりたかった。終いにはクラス全員をきっちり納得させて、お芝居は成功した。
でも、どうしてそこまでしてジュリエットをやりたかったのか、わからなかった。



思い出が一枚一枚、一ページ一ページ、溶けるようにして消えていく。
どうしよう?その年のクラスメイトの名前がさっぱり出てこない。遠足はどこに行ったっけ?成績はどれくらいだっけ?
おばあちゃんが死んだのはいつだっけ?おじいちゃんは居たっけ?




船越君、小西さん、三浦君の事を思い出していた。活き活きした三人が少し羨ましかった。そんな気がしたが、よくわからない。顔もわからなかった。3人を遠くから見守っていたような気がする。自分とは違う世界の三人。
確か、誰か一人は転校したはずだ。
誰が?どこへ?

私は引越しの経験あったっけ?



中学校は私立?公立?

確か、昨日は覚えていた。寝て、起きたら、わからなかった。
先週は誠と小学校低学年の頃の話をしたはずだ。

明日は何を忘れているのだろう?
明日は今日を覚えているだろうか?




高校時代。

女子高だったらしい。
「ねぇ、誠・・・私・・どれ?」

写真に写っている高校生がどれもこれも知らない人だ。
「ほら、ここで真ん中に引っ張られてるのが律子だよ」
見ると眼鏡の女の子が遊び人っぽい子に引っ張られている。
「律子は優等生っぽい感じなのに、一番不良っぽいこの子と凄く仲良かったんだろ?先週、律子が教えてくれたんだよ?」
誠の声が少し震えている。



短大に入ってから誠と出会った。特にどちらから告白するという事も無く、ともに惹かれあった結果、いつの間にか付き合う関係になっていた。
誠は、律子を80点だと言った。律子は不満を漏らすが、誠は「出会ったころは79点だったけどさ。何年後かには81点になってるだろうな。だからさ、爺さん婆さんになる頃、100点満点になりたいな・・って、俺、なんか変な事言ってるよな」と照れくさそうにいったものだ。


一日。一時間。一分。一秒。
少しずつ、少しずつ、心の中のシャボン玉が消えていく。
私、どうしてこんな事になったの?何か悪い事したの?どうして記憶が消えていくの?
お願い神様。
今まで誕生日やクリスマスに貰ったプレゼント、何もいりません。覚えてはいないけれど。
これから先も、何も望みません。
だからお願いです。
私から思い出を取らないで。
私から誠を消さないで。
私から私を無くさないで!



「誠・・・。私、ね。わかるんだ」
律子は誠の目の奥を覗き込んだ。抱き寄せ、力いっぱい抱き合った。


こわい。こわい・・よ・・。


多分、明日だ。
明日、目が覚めたら・・・。


「ヤダ・・よ・・。助けて。ねぇ・・誠。お願い。助けてよ。こわいよ。私、私・・・」

「ばかやろう・・俺は何よりもお前が好きなんだ。たとえお前が俺を忘れても、すぐにまた惚れさせてやる・・絶対・・・約束だ」



平気なふりをしていれば誠も自分も悲しまずに済むと思っていた。でも、もう限界だ。
ぽろり、ぽろりと思い出が心の樹から落ちていくたびに、涙を堪えて笑顔を保とうとするたびに、魂が壊れていく気がした。自分が自分でなくなる気がした。自分が知らない人になっていった。

死ぬこととどっちが辛いかなんてことも考えてみた。
思い出を無くし、友達を無くし、大好きな人を想う気持ちを無くし、自分自身を無くしてしまうこと。
死は体験した事が無いけれど、きっと死よりも怖い。悲しい。寂しい。

生きていられれば幸せ?
ご飯が食べられたら幸せ?
それは強い人間の言い分だ。
私はそんな幸せなんて望まない。
心の中に自分がいること。心の中に愛する人がいること。そっちが重要なのだ。
自分のいない世界。愛する事を知らない世界。たとえ命があってもそれは地獄だ。少なくとも律子にとっては。

事故で突然記憶が全部消えたというのなら、悩む事も考える必要もなかった。
事故で突然死が訪れたというのなら、苦しむことも涙を流す必要もなかった。

自分勝手と言われるかもしれない。事実、そうだ。でも、だから何?
私が死んだら誠が悲しむかもしれない。
じゃあ、生きてさえいれば他はどうでも良いの?私の生きる価値は?私の生きる意義は?私が産まれた意味は?私が生きる希望は?全部、全部リセットされる。生きたまま死ぬのだ。
誠から見れば律子の記憶よりも、律子という存在そのものが重要なのかもしれない。
だが、その「人間」は律子ではない。心に穴のあいた人形だ。
誠がそれでも良いと言ったとしても、私は嫌。絶対に嫌。
どんな慰めも要らない。ただ、記憶が欲しい。

「こんなの・・嫌・・・どうしたら良いの?何でもする。だから助けて。やだよぉ・・やだ・・・よぉ・・・」

ただただ、泣いた。

眠るのが怖い。泣き疲れて、意識が遠のいていく自分が憎い。






明るい日差しが部屋に舞い込んだ。鳥の声は聞こえなかったが、そよ風の、梢の声が心地良い。

女は丸椅子に座ってうなだれている男を見やった。ぼさぼさの髪に乱れた服装。良い感じはしない。

部屋を見渡す。真っ白で殺風景だった。窓辺に飾られている花だけが異彩を放っている。
沢山の疑問が女を押しつぶした。

ここはどこ?
わたしはだれ?
このひとは?
なぜここに?
いまはいつ?
なにがあったの?
なにがおこるの?


男がゆっくりと顔を上げた。眠そうな目を擦る。
「律子・・」

聞きなれない単語が飛び出した。女は首をかしげる。
「お前・・」
男はじわじわと顔を崩し、よろめきながら立ち上がった。女の手を握る。
「あ・・あの・・??」
男は女をきつく抱きしめた。
「やっ・・」
女は驚いた。意味が解らない。何だこれは?
「やめてくださいっ!」
女は男を突き放し、髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。あたりを見回すが、焦点が全く合わない。頭の中が真っ白だった。心の中が真っ白だった。
「何・・よ・・なんなのよこれ!」
全身が震えた。
多分、恐怖というものを感じた。
何かを感じようとした。でも、かなわなかった。感情の意味は知っている。でもわからない。どういうことだ?
胸の奥がざわざわする。異常であることだけはわかった。今にも心臓が止まりそうだった。

誕生。

女は産まれたばかりの赤ん坊だった。自分という物質がなんなのかも判らずにいきなり外界へと放り出され、全ての存在が恐怖として圧し掛かってくる。
自分の感情が判らない。恐怖という言葉は知っているが、今の自分が本当にそれなのかは自信が無い。知らないのだ。
自分が存在しない。守るべきものが無い。守ってくれるものが無い。魂を直接鷲掴みにされたような感じ。
存在の圧迫。
相反する拒絶。

「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

女は絶叫し、ベッドの上から飛び降りて部屋の隅に座り込んだ。膝を思いっきり抱え、出来るだけ小さくなろうとした。どんなに小さくなろうとも、心の穴の密度はずっと0のままだった。圧迫と拒絶が無限の力でぶつかり合う。質量を持たない空っぽの心が張り裂けようとして押さえ込まれて爆発しようとして凝縮して。

「律子・・・律子・・律子っ!」
男はなおも女に近付き、小さくなった女を包み込んだ。

ただ、不安だった。心臓が止まりそうなほどの不安が女の心を埋め尽くそうとしていた。
男の温かさにしがみついた。

「律子!律子!」

男はなおもその単語を叫びつづけた。

男が泣くと、女もつられて泣いた。
その涙は大きな波紋を広げる。心の湖は確かにその音を聞いた。

ぽつん。
ぽつん。

枯れ果てた草原の中、小さな花がぱっと開いた。

「ま・・こ・・・・・ま・・こ・・とぉ・・・・」
「!」
「まこと・・誠、誠!」
「律子・・お前・・」
「私、私・・」
律子の思い出のアルバムに一枚の写真が追加された。
それは二度と消える事無く・・・。


★・。・。☆ 後書き? ★・。・。☆
これ書いた直後に、なんか記憶喪失のドラマ始まってるんだが・・タイミング悪い・・。見てないけど。
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 29. おかえり

 寒いと涼しいと暑いの三択ばっかりで「暖かい」日が一日も存在しない。

「まるで人生だね」

 無為な言い争いを終え、暫くの静寂の後、彼はそうつぶやいて薄く笑った。その微笑があまりにもはかなげで、今にも消え入りそうで、そしてそれが心からの笑顔でないことを知っているからこそ、私は彼の胸ですがるように泣いた。
 もう、終わりなのかもしれない。
 隙間を埋め合って、寄り添い合って、暖かさを求めつづけた二人の一年。何も得ることは出来なかった。何も吹っ切ることが出来なかった。

 凍えを恐れての無理な厚着が暖かさを遠ざけていることは分かっている。上辺で分かってはいても、納得なんてできなかった。

 私たちに本当の微笑をくれる小さな太陽はもういない。
 その事実がいつまでもいつまでも二人の首をしめ続ける。



 心の中にいつも輝ける太陽を。


 そんな風に考えられたらどれだけ楽だろうか?しかし私たちは、見えないものに頼れるほど強くない。失ったぬくもりはあまりにも大きいのだ。
 失った太陽の幻影を求めて、二人は今日も春の空を見上げる───その言葉を言うために───

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 30. And that's all ...?    (それでおしまい)

朝だ。まだ少し眠い。
「おぉっ!」
声が聞こえた。煩わしい。

誰だ?

ゆっくりと目を開くと3人の男がこちらを見つめている。変な格好だな。コスプレか?

「やりましたよ先生!成功です!」

ん・・ちょっと待てよ。俺は昨日何をしていた・・?
そうだ。俺は病に冒されたのだ。現代医療では死を待つ以外に無かった。そして俺はコールドスリープを選んだのだ。俺が目を覚まし、目前の連中が喜んでいるということは、俺は助かったのか?

「あが・・」
声が上手く出ない。数度咳払いをする。

「俺は治ったのか?」

声を発すると彼らは手を打って喜んだ。
「あぁ。そうだよ。君が寝ている間に治療・検査を全て終了した。高田君。君は健康そのものだ」
「マジか」
自然と頬が緩んだ。
「い・・今、何年だ?」
恐らく、俺の知っている人間はとうに皆亡くなっているであろう。コールドスリープに入る時にその決意は固めた。俺にとってその決意した瞬間は「昨日」なのだ。揺らぎは無い。

「よし、これを聞きたまえ」

そう言って男はラジオを持ってきた。俺が眠る前に頼んだ事はきちんと伝えられているようだった。思い出のラジオでその時代の事を知りたい。それが俺の望みだった。今でも動くのだろうか?そもそも、ラジオなど放送されているのだろうか?

アンテナを伸ばし、電源を入れる。ジジッというノイズの裏にかすかに人の声が聞こえた。チャンネルを調節する。
ピーンポーンと間抜けな電子音が聞こえた。
「2139年4月6日、正午のニュースをお伝えします」
ご丁寧に西暦まで言ってのける。100年以上俺は眠りつづけていたのか。政治関連のニュースらしいが、出てくる名前がさっぱり分らない。違う世界のようだ。

ラジオの向こうが慌しくなった。

「りっ・・臨時ニュースをお伝えします。午前11時56分、第7次世界大戦が勃発。エトランザ帝国は所持する800万発の核弾頭・生物兵器・化学兵器を使用。我がシトアリア協定国も400万発の兵器で応戦。被爆予想時間はどちらも午後0時40分前後と思われます。あぁ・・もう駄目です」
ニュースキャスターのすすり泣く声が聞こえた。
何の冗談だ?これがこの時代で流行っているドッキリのようだ。驚くのと笑うの、どちらが良いだろうか。

医者らしき男の一人がガクリと膝を落とした。
「馬鹿な・・われわれが一人の青年を救っている間に人類は滅亡だ。人は生よりも死を望むのか・・!?」
ラジオは既にノイズでかき消されていた。

「マジか」

「くそぅっ!」
医者は思いっきり床を殴りつけた。拳から血がにじむ。

「おい」

3人はいっせいにこちらを向いた。6つの目に生気は感じられなかった。
「もう一度コールドスリープを頼む。この悪夢が終わったら起こしてくれ」
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